A様のご遺族の方々へ。

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2018/01/01
私はいつまでもご連絡をお待ちしております。

201806/16
A様のお兄様へ:http://iwtbr.blog134.fc2.com/blog-entry-1015.html

かの「妄想を現実に変えた男」と認知に関わる病気の定義について。

aiueo某という男がいる。何しろ彼は自分から公開するのであるから、本名・住所・その他何もかもが合法的な公開情報と化しているが、あまり晒し上げる行為には加担したくないので以下aiueo某としておく。

彼は、放置された末期の統合失調症だった。

統合失調症には陽性症状とか陰性症状とか色々あって本当は面倒臭いのだが、「統合失調症」として世間一般に認識されている症状が彼に発生しているのは誰の目にも明らかだった。
「世界中が自分をストーキングしている」「全員裏で繋がって自分をハメたり嫌がらせをして笑い者にしている」等の典型的な妄想と、それに伴う幻聴。

そこまでならただの一人の救われない、回復不能な哀れな男の話だった。

問題は彼が2010年代の世に生きてしまった事だった。
そう、インターネットが普及しただけでなく、回線速度も情報記憶媒体の容量も劇的に増加し、誰でも手軽に動画のような最大級に重いファイルですら簡単にアップロード出来てしまう、この時代に。

「ストーカー被害の証拠」と称する動画をaiueo某は大量にアップロードした。その動画は傍から見ればaiueo某が頭のイカれた妄想で近隣住民に迷惑をかけ続けているだけなのだが、というか彼は数回逮捕されているのだが、彼に言わせれば警察もグルだという話になるわけだが、まぁ彼は本当に沢山の動画をアップロードして、本名は自分で動画に含んでいたし、「○○町」といったような肉声も消さないものであるから住所もすぐに特定された。

そして彼の「集団ストーカーを受けている」という妄想はインターネットの世において遂に現実のものとなる。

火をつけたのは例のアレ民だった(「例のアレ民」と聞いて分からない人のために意味を書いておくと、ニコニコに「例のアレ」というカテゴリタグが存在するのだけど、それを視聴する人達のこと。空を飛ばないものを指す)。
誤解しないように言っておきたいが、別に例のアレが嫌いなわけではない。私は小さい頃から鬼女板やVIPやν速の突撃を楽しく鑑賞していたし何ならユニバーサルメルカトルな人間だったし某毛バーガーはようやく忘れ去られたが何の罪もない彼の人の人生があの件でどれくらい悲惨なものになっただろうか。

ともかく。

彼の住所が特定されるやいなや、近隣から、あるいはわざわざ遠方から、面白がって彼の家に凸をかける人間が続出した。
奇妙なマジシャンのような人間が訪問販売に来たり、自転車が破壊されたり、家の前に魔法陣が書かれるなど、明白な嫌がらせが始まった。(繰り返しこんな事はレスリングやエア本や淫夢やクッキーの時代から何も変わることではない。)


aiueo某の妄想は、「集団ストーカーの被害を受けている」という統合失調症の産物に過ぎなかったはずの虚構は、2010年台という残酷な世界によって、本当の嘘偽り無い現実になってしまった。


問題はここからになる。


この件について凄く真剣に考えてみると、"ありとあらゆる精神疾患に関して定義を変更する必要がある"レベルの重大な事態に世界が陥っているのが分かる。

彼を改めて例に取りたい。
5~10年程前なら、彼の世界に対する認知はまだ正常ではなかった。現実に集団ストーカーは存在していなかったが、彼はそれが事実だと思いこんでいた。病気によって。
しかしながら年月が経つと、まだ彼がインターネットで有名になってしまう前から、彼は既に警察から目をつけられまともに取り合ってもらえなくなり、近隣住民で彼がビョーキである事を知らない者はいなくなった。現実が妄想に一致し始める。
インターネットで炎上した後に至っては、彼は本当に世界中からストーカーを受け、本当に世界中から笑い者にされる存在になってしまった。
そして彼は「集団ストーカーの被害に遭っている」と主張し、彼は実際に集団ストーカーの被害に遭っている。何なら嫌がらせも受けている。

彼の認知は世界に対して正しくなってしまった。
彼の認知は正常になってしまった。
幻聴を除けば、彼の統合失調症はもはや「病気」では無くなった。それが妄想ではなく、最早何もかも現実であるという点において。
彼に問題があるとしたら、強いて言えば往く人来る人誰も彼もに因縁をフっかける事くらいだが、そんなのボケ老人だってやるくらいのことだ。

現実について全く正しい主張を続ける彼のことを、もうそれによって精神疾患だと呼ぶことはできるのか。

そして実は統合失調症の患者がこのようになるのはaiueo某に限った話ではなくて、統合失調症の人間が「集団ストーカーの証拠」として荒唐無稽な動画を自分からアップロードしているのは探せばいくらでも見ることができる。炎上こそしないものの、彼ら彼女らも本当に近隣住民から目をつけているのだろうし、あるいは(故)性の悦びおじさんが自分では何も動画をアップロードしていないのに本当に有名人になってしまったように、今の時代において、統合失調症患者に対する「集団ストーカー」は"自動発生的に実在する"。
彼らの認知は最初こそ脳によって歪まされているし、幻聴について病気であるのは変わらないが、かつてあったはずの認知と現実の乖離について言えば、もう彼らの脳は「自分が世界中にストーキングされている」という「事実」を「正しく認識している」。


こうなると統合失調症側の妄想に関わる症状について、定義を変えざるを得ない。
だって彼らは現実を嘘偽りなく正しく把握しているのだから。それはもう妄想ではないのだから。


もし定義出来ることがあるとしたら、特定の脳部位が変形している、特定の脳部位の活動がおかしくなっている、そのような形になるだろうとは思う。
だけどそれは果たして「病気の定義」として妥当かどうかと考えた時に問題になる。
何故なら「脳部位が変化している」とか「脳部位の活動が人と違う」というのはこの世のありとあらゆる何についてもそうだからだ。
絵が描けるなら物体の認識や情報の出力についての脳部位が変化している。音楽が作れるなら音への認識や出力、理論についての脳部位が絶対に変化している。良いことだろうと悪いことだろうと、「何かが出来る」「何かが出来ない」「何かが得意」「何かが苦手」といった事に関して、「脳が変化していない」ということは原理的に有り得ない。

「現実を正しく把握していない」という意味で統合失調症のある種の症状の定義をすることはもう出来ないので、「脳部位の変化」を代わりの定義とした場合、果たしてそれは世間一般に起こるありとあらゆる脳部位の変化と一体何が違うのか、何故この脳部位が変化したら病気呼ばわりされなければならないのか、LGBTに対してかつて差別があった事と何が違うのか、それを病気として扱うことへの正当性は一体どこにあるのか、それが問題になる。


勿論、私は別にこれをマジで言っているわけじゃない。
「統合失調症もLGBTと同じで一つの個性!今の時代は多様性!」みたいな脳天お花畑な事が言いたいわけじゃない。
私のうつ病だって脳の変化だがこんなもんが個性であってたまるか。病気だ病気。実際薬飲んだら良くなるんだ。統合失調症だってそうだ。かつて発達障害と呼ばれ、最近自閉症スペクトラム(ASD)と名前が変わったもののように、「本人が社会生活に支障をきたしているのなら対応の必要があるがそうでないなら特に病気というわけではない」なんてレベルで済むもんじゃ絶対にない。うつ病だって統合失調症だって、病気以外の何者でもない。放置しておいたら死ぬんだ。aiueo某だって今は行方不明になった。いや勿論aiueo某に同情する気持ちなど欠片も無いのだが。あ、私には同情してください。3億円くらいの寄付をいつでも歓迎しています。30億円くらいだともっと嬉しいです。


まあ、でも、さておき。
これって50年くらいしたら、統合失調症に限らずもっと大変なことになると思うんだ。
よくあるじゃん。「夏休みの宿題が終わらないから自殺する」「いじめが苦で自殺する」「受験に失敗したから自殺する」「就活が無理だから自殺する」「研究がうまくいかないから自殺する」「仕事が辛いから自殺する」。
こういうのって認知の歪みって言われてるけどさあ、あの突然いきなりSAWみたいな面白デスゲームじみた話して申し訳ないんですけど、例えば「受験の不合格通知を見た瞬間に起動して跡形もなく吹き飛ばす爆弾を肉体に埋め込まれている」みたいな場合に「受験に失敗したら人生終わりだ」みたいな発言を本当に認知の歪みって言っていいの、っていう。
もうちょっと言うと「受験に失敗したら就職がまともに行かない事はデータから明らかだしその場合に非正規雇用として働いた場合の年収はいくらでその場合の10年生存率は3%である」みたいにデータがあるものとしてそれを並べられた時に「受験に失敗したら人生終わりだ」という発言を本当に認知の歪みって言っていいのっていう。何、それとも「大丈夫!まだ生きる希望が3%もあるじゃないですか!確かに97%の確率で貴方には惨めに何の幸福も死ぬだけの10年が待っているかもしれませんがでも大丈夫、まだ希望が完全に潰えたわけでもありませんよ!何の希望も無いように見えるのは認知が歪んでいるだけです!」とか言う?言える?私には無理。


認知の話はちょっとまだ健常な脳の範囲内なので今のはちょっと話が逸れてるんだけどさ、
うつ病とか統合失調症みたいな、絶対に病気なのは間違いないんだけど、その病気の内容に「思考を現実と違うように捻じ曲げる」という物があって、でもその捻じ曲げられたものが本当に現実と一致するに至ってしまった場合、それをどうやって病気と呼べばいいの。特定の思考を適当に病気だと呼ぶならばそれは同性愛者のアラン・チューリングにあのような仕打ちをしたイギリスと何も変わりがないし、仮に少し頑張ってみて脳部位の変化として定義するならば、脳部位って何が起こっても絶対に変化するものなんですけどその部位については変化したら特別に病気とする理由はなんですかという話になるし、「本人が困っていたら病気」と言う場合でも本人に「困ってないです、私は死にたいから死ぬので」と言われたらそれは単に人の思想を尊重しないだけになってしまう。

何が困るってこういう「後ろ盾」が患者にできたこと。
病気なのは間違いないし、治療しなきゃいけないのに、こういうことを並べ立てられると「あなたは病気です」という言葉が医者の診断でなくただの悪口になってしまうこと。
そして家族のせいで、会社のせいで、あるいは何よりも本人のせいで(!)、治療が致命的に遅れること。


でもこんな事言い始めたら胃がおかしくなるのだって細胞の変化をマクロの視点から見た現象に過ぎないけどなんでただ細胞が変化しただけなのにそれがちょっと胃に起こったってだけで病気扱いされなきゃいけないんですか私は病気ではないですでも薬はくださいとかいうのは頭のおかしい人に感じるしそう考えたら病気は病気なんだよなぁ。
でも精神疾患については、これを「病気は病気」で通せなくなって患者を治療へ向かわせる説得がますます難しくなる方向に時代が進んでいくと思う。
人間の脳というのは何故か心や精神の問題については無機質的に思考する事を忌避するように出来ているので。精神疾患にだけ起こり、あるいは既に起こっている問題。
最終的に「病気」の定義を決めるのが医者になって、その医者の権威はどっから来るの、みたいなことはASDとかの方ではもうとっくに問題になっているけど、極めて厳密に考えるとうつ病や統合失調症のようなものについてまで全く同じことが言えてしまう問題をどう解決するべきかが分からない。あるいはそもそも「病気」というのは「異常」ということだし、「異常とはなんですか」と尋ねられた時に「正しく」答える事は出来ないのでそもそも解決不能なのだと思う。

じゃあ、まあ、これからの世の中でうつ病患者や統合失調症患者をどうやって説得したら効果的に治療に向かわせられるのだろうね。

腐った。

腐ったのだと思う。

同じことしか言わなくなって何年経ったのか。
私の人生が止まって何年経ったのか。

「私は大学院に行こうとしましたが、私の専門はある時期を境に腐敗の一途を辿っていました。死にかけの体でそれでも努力し続けた結果、これならと思える研究を見つけ、丁度その週にその方の所属する大学の院試の説明会があるというので、夜行バスで弾丸旅行をしてまで行きました。卒業論文の研究と院試の勉強をしていたら、その方が近くに来られるというので、これも潜りに行きました。やはりと思い、こういう研究がしたくて先生の研究室に行きたいのですが大丈夫でしょうかと尋ねたところ、『僕の研究室の学生にも同じことをよく言うんだけどね、僕がこういうことやれてるのはどうしてもポストがあって生活が保証されてるからで、若い内は業界のスタンダードで研究するしかない』と言われました。ここで完全に心が折れました。私は別に食うことなど考えていませんでした。大学院に行って野垂れ死ねればそれで十分でした。その最後の望みが絶たれたのです。この方がやっているのはかなり学際的な研究でしたが、実際に成果を挙げていたり、展望がありそうな研究をしているのは、常にこの方と共著の誰かでした。この方の今の仕事は主に、この分野が腐る前のこれまでの成果を他の分野の方に渡すことのように思えました。この分野の何が腐敗しているって、明らかに自分達の専門でなく他の分野の人間に任せるべきで、しかもその分野が具体的にどこなのか極めて明らかなことすら、学部生並の知識すら持たずに自分達で勝手にやっているのです。最初は私の方がおかしいに違いないと思って色んな学部1年生向けの教科書を勉強したり講義に出たりしましたが、分かったのはこの分野の研究者達が本当に他の分野を全く勉強していないというおぞましい事実だけでした。そんな人間達に作られる研究など4年遊び呆けていた人間の卒論と同じレベルでありますし、あまつさえ誰も彼もが同じことをするものですからここが滅茶苦茶になるのに長い年月は要りませんでした。滅茶苦茶というのはあまりに上品な単語かもしれません。第二のソーカル事件とでも言った方が良いのではないでしょうか。それは極めて適切に現状を表現しているように思います。他のところでもこのようなことは無数に起きているのかもしれませんが、まあそんなわけで適切な分野の方に自分の出来ない部分の仕事を委ねるというあんまりにも当たり前のことをするだけでこの方が世界で唯一の希望になってしまうくらいにはこの分野はゴミでした。そしてその方に業界のスタンダードで『研究』するしかないと言われました。この言葉は、自分でも意味が分かってもいない専門用語を継ぎ接ぎしてなんとなくそれらしい論文をでっち上げろと言うのと何も変わりのないことでした。潰しの効く分野でもありませんから、私はもう完全に折れました。再受験もしようとしていましたが、働こうとしたり戻ったりしたりしている内に、やめました。今でも覚えていますが、最後に勉強をした日の私の頭は、数IIの整式の、以下の2つの4次式を因数分解して共通因数を答えよという問いに答えることすら出来なくなっていました。勿論意地悪な問題などいくらでも作れるでしょうがこれは章の頭なのです。ただ代入して足して和が0になる整数を見つけて因数で式を割る作業を2回して2次式に落として後は息をするように因数分解すればよいのです。そうしたら後はもう一度同じことをして共通するものをただ書けばよいのです。そんなことは分かっていました。分かっていたのに出来なくなっていました。高校の頃は出来ていました。出来なくなった理由はよく分かりませんでした。涙が出ましたがこれもわかりませんでした。本当に何も分からなかったのです。あの日図書館から帰った道を今でもよく覚えています。ろくに歩くことも能わず数メートルおきに立ち止まっては天を仰ぎ脳の中を蠢く何かや瞼の裏のフラッシュバックが過ぎ去るまで待ちまた数メートル命からがら歩くと同じことをやるのでした。それから自然と何もしない生活が始まりました。するとなんとみるみる内にうつ病が良くなるではありませんか。再受験もどうにかなりそうな気がしました。あんなに砕かれた知的関心も蘇り始めました。結局当時の私に必要だったのは休むことだったのです。私は何もかもをすっぱり辞めて年単位で療養することを覚悟しました。穀潰しの謗りを受けるのを免れないのを甘受して1年か2年過ごしました。そんな折に私の日記を読んで出来た恋人に、私と出会ったことが原因で先立たれあれから1年半が経ちもう何をすればよいのかわかりません」

これ以外の内容をもう何年も言っていない気がする。一昨年恋人が死んだことが人生に追記された。

フルーツなら変化しすぎた状態を腐ったと言うが、人間においては変化しない状態を腐ったと呼ぶ。

目の前の人生が私は未だに受け入れられていないのだと思う。

本当はこの後に吐露したいことがあったと思ったけど人生を書いているうちによくわからなくなった。

今日はもうやめようと思う。

意識がない

脳はぶん回っている

回りすぎている

私は健忘症が起こっているときそれを自覚することが出来る

頭が回りすぎて何の言葉も逆に出てこない

普段とは逆に布団で横になっていられない

椅子の上で目に手を当てて自分が誰だか分からない状態でこれを書いている

離人症

まだ苦痛のレベルには達していない

いつもみたいにただ寿命を一日無駄にすれば良いだけ

ただ記憶がのこらないこと、私は今日について体験としての記憶を持たず、ただ日記やツイートの内容から自分のことを知らなければならない、それは分かる

そしてその時私はいつも自分でない何者かがとってかわっていたことに驚きぞっとする

それがもし何が別の人格であればまだいい

誰でもないし何もない

何もないのだ

私の中に何も入っていない

うつ病患者の脳は普段あまり動かない

急に回転数が上がると人格とかそういうところが正常に動作しなくなるのではないかと思う

うつからくる離人でないため苦痛はない

ただ凄く嫌な感じがする

薬をすこしまえにのんだ

落ち着いてきたのがわかる

布団に入ろう

うつ病患者にとって人生は永すぎる。

私は知っている。

人生がどれほど短いかを。
一日がどれほど短いかを。
十分がどれほど長いかを。

私は昔、確かにそうやって暮らしていた。

あれは誰の言葉だっただろう。
ハンターハンターに引用されていた詩だ。

「生きるには短すぎて倦むには長すぎる人生だもの」

本当にそう思う。
この2年、本当にそう思う。

私は何も出来なくなった。
私の頭からすべき事が何もかも消え失せた。
療養のために私は一切の努力を禁じた。
それは確かに効果があって、間違いなく私は快方に向かっていて、ある事が起こるまでは確実に昔に戻りかけていた。
小説はなかなか進まなかったけれど、それでも書き始めただけ凄いことだった。

あれが起こってから1年半が経つ。

私は全くどうしようもなくなっている。

私はある事情によって、大真面目に生命の危機にあって、従って何もすることは出来なかった。
生き延びて解決することが何より優先された。
私はあの頃に戻れなかった。

一日が長すぎる。
十分が短すぎる。

十分あったら教科書か論文が1ページ読めるじゃないか。
今の私はもう、そう思えない。

ゲームをすることにさえ疲れた。
最近は映画や映像作品を見ようとしている。
ツクールは楽しい。
でもどうせ全部飽きるに決まっている。
こんななんのあてもない生活は。
残酷なくらい長すぎて。

実際問題として私は特にやるべき古典を全部やっているわけではない。DoDやサイレントヒルはおろかMOTHERすらプレイ出来ていない。
だけどもう、疲れた。
ゲームという媒体に疲れた。

永すぎる。

あの刻が短い世界に戻りたい。
いくら時間があっても足りない世界に帰りたい。

幸せになりたい。



そして私の脳は、昨日18時間近く寝たのに、起きて6時間でもう眠いと言っている。
この絶望に塗れただけの生活がいつ終わるのかは目処さえも立たない。
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