分からない。

ああ。どうしてこんな事になってしまったのだろう。
それが分かったら誰もうつ病患者は苦労なんてしていない。
原因なんてないんだ。
ただ単に周期的におかしくなる。それが分かっている、ただそれだけなんだ。

ああ。

明日はサインバルタをもらいに行こう。
でもそれで何が解消するのだろうか。
意欲が無い。
これはノルアドレナリンの方なのかセロトニンの方なのか分からないし、というか、他の何かなのかもしれないし、

ああ、もう、

考えるのが嫌だ。

つらいんだ。

もう分からない。

甘いとか寂しいとか、そういう感情を私は羨ましいと思う。それを人に伝えられる言葉があるから。

うつ病患者のこの感覚は、伝えられないんだ。

ロボトミー手術を受けた人の言葉を思い出す。あの人は確か施術医を殺害していたのだったか、それとも自殺したのだっただろうか。

その人は夕暮れが照る美しい海を見た。

そして、それが美しいということは分かったのに、何も感じなかった。

「こんなにも美しいものを見て何も感じないのなら自分はもう人間ではないし死ななければならないと思った」──

印象深い意味不明な言葉というのは何故かよく記憶に残るものだ。

今ならあの人の言っていたことが分かるんだ。

今日Evolandっていうゲームをやったんだ。

面白いゲームなんだろうなって思った。面白いゲームなんだろうなって。

でも面白くないんだよ。

そのゲームが面白いゲームであるはずだし自分が面白いと思うタイプのゲームでもあるはずだという事を脳が判断出来るのに面白いという信号や感覚が脳に伝わってこないんだよ。

それを感じられないんだ。


こんな時にゲームを見つめていると状況はもっともっと悪い方向に進んでいく。


私ってなんのためにゲームやってるんだっけ。

楽しいとき、なんのためにゲームやってたんだっけ。

終わらせるため?
療養のため?
日記を書くため?

終わらせて何になるの?名作を何個やったからといって、それが何になるの?私達はみんな死ぬのに。
療養してどうするの?私達はみんな死ぬのに。
日記を書いてどうするの?私達はみんな死ぬのに。

そんなこと人間が問うべき質問じゃないって、元気なときの私は答えると思うよ。

私は知識として知っているから。今、私がその答えを言うことは出来ないから、元気なときの私の記憶を引きずり出して、代わりに答えるよ。

「健康な人間はそんな事考えやしないよ。だって、楽しいんだから」。

それともそれは健康なときの私がおかしいのかな。

楽しいという感覚を年単位で奪われているから、そのことしか考えられなくなってしまったのかな。

分からないや。

ゲームをやってアニメを見て、あるいは小説や映画や音楽のようなものだったり、あるいは研究だって創作だってなんだって、同じだ。

意味を考える時点でもう間違ってるんだよ。

人生の意味なんて考える時点で間違ってるんだよ。

だけどうつ病になると考えるしかなくなるんだよ。

だって何をやっていても楽しくないのにそれらを全てやらされるんだから。さもなくば待っているのは自殺だけなのだから。

そしてやって時間だけ潰していると「これに何の意味があるんだ?」って問い始めるようになるんだ。

なあ、今日、漫画読んだだろう、楽しかっただろう、うん、楽しかった、だけどその後体調が余計酷くなっちゃった、何の原因もなくね。そういう病気だから。

漫画読んでる間に何かそういうこと考えてたかな、この楽しいに何の意味があるのとか、仮に寿命が無限にあってこの世の作品を全て楽しむことが出来たとしても果てに何の意味があるのとか、そんな事考えてたかな。考えてなかったよね。

人生は短すぎるよ。もうゲームすら過去の名作を全部遊びきるのが不可能な世の中になっちまったんだぜ。

だけどそんな事を気にしながら取り憑かれたようにゲームをコンプリートしていく哀れな人間がいるのかな。小説でもなんでも、いるのかな。

そんなこと気にしている人、いないんじゃないのかな。

単に寿命のある限り楽しいを享受して、それで死んで満足するんじゃないのかな。

研究は、ちょっと違うかもしれないね。100年後の数学や物理学を知りたいと悔しんで死ぬ人は沢山いるだろうけど、100年後の小説を読みたいと悔しんで死ぬ人は、あまりいないだろうから。数学も物理学も、私の専攻とは全く、全くもって関係ないのだけどね。

でも私は少なくとも100年後のそれを知りたいと思ってなどいなくて、ただ楽しいからやっている人をたくさん知っているんだ。

あるいは、それしか楽しめない人を、あるいは過去の私を。いや、今の私だって、誤魔化しているだけで、いつかきっとまた戻れるはずだと思っていて、だから正気を保っていられて、それが何年先になるかも分からず、寿命と若さはもう戻らないし、私の満足することはきっともう私の人生では出来なくって、療養している最中でさえ、それに私のゲームのピックの偏り具合を見てみればいかにそれが代替品でしかないかが分かって辛いんだ。

ああ、だけど。

もうなんだっていい。

楽しかったら。楽しいことが出来たら。誰もそれがなんのためにあるかなんて、人生の意味とか、考えること、無いんだ。

それをやって何になるの?そんな事考えるやつ、いないんだ。

そんなことをするのはうつ病の人間だけだ。

ああ。

今日は最悪の日だ。

ごめんね、ミァハ。正狂正狂狂狂正狂正狂正狂狂正狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂死

タイトルにはなんとなく思いついたセリフを書いただけで特にハーモニー要素はありません。

この感じが自然に出ているということは私は今まだマシな方なのでしょう。

記録はつけなければなりません。

文と文のつながりが狂っています。よくありません。

ええと。

あー?

はい、そうです、まず最初にやろうと思っていたのは、最近の体調について、です。それは箇条書きにされるべきでした。そう記憶しています。
その通りにします。
白い方に書くべきことではなく

ああ、そうですね、笑ってください、私は今日、1日かけて、そして、薬と、精神安定剤、ワイパックス1.0mg、ソラナックス0.8mgを服用し、1日かけて椅子と布団を往復し、それで何が出来たでしょうか、つまり、ゲームを1時間することすら出来なかった、それだけです。

ええと、はい、そうですね、書きます、ええ、日付と、月。
k = ok
n = normal
x = 死
abcでは分かりづらい、かといって別の記号を振ってみましたが、特に意味があるようには思いませんでした。
また、1日の間に往復することがあり、その場合には別途記します。白い日記から分かることを書きます。

11月
6xXX(今日)
5K
4xxk
3kkK
2xn
1knx

本当は0をつけたいし0をつけないのはすごくいやなのですが、それをするよゆうはいまありません。0というのは数字が1桁の時につける前の話です。
大文字の場合、特にその状態が強いことを記します。同じ記号が連続している場合、断続的に同じ印象の記憶があることを指します。違う記号の場合は、違う記憶が、同上。

10月
31kK
30KK
29k
28k
27nx
26k
25k
24kkk
23k
22x
21k
20xx
19n
18n
17k
16k
15???(記録無し、そういう日は恐らくx)
14???
13k
12kK
11kK
10K
9K
8???
7x
6???
5???
4xn
3n
2k
1kK

10月は調子よかったんだなぁ……。

9月
30???
29n
28nk
27x(風邪)
26k
25nx
24nx
23???
22???
21???
20nx
19nk(外的な圧力でアニメを見たことによる)
18x
17xk
16???
15xxn
14x(風邪)n
13???
12k
11n
10n(風邪)
9k
8k
7???
6???
5k
4k
3n
2kn
1k

ああ……。
こうして2ヶ月振り返ってみるとひどい。本当にひどい……。
8月7月は調子が良かった気がするが(※この前白い方の日記に8月7月は調子が悪かったと書いたがあれは6月5月の間違いだ)、ああ、しかしなんだ、ああ、ひどい、全く安定がしない。
そして何がつらいって、これはあくまで1日の記録を、極めて、大雑把に分類したものであって、
実際には、1個の記号の中に、何回もの状態の往復が含まれているし、私は今日、分からない、分からない。
とにかく、1日かけて、ゲーム1時間、今、日記書いてる、それだけして、寝たい、死にたい、死にたい。
わからない。
死にたい。

なにを?

なにをだろう。

縄だ。

死にはしないから安心して欲しい。

脳が限界だろうと思う。

本当の回路には勝てない。

それを持った人間が計算したら勝てない。

それが私がホラーゲームから学んだこと。

死なないから安心してほしいです。

いつものレビュー芸に見えますか?

癖は出ているかもしれません、しかし、ああ、たしかに癖は残っていますね、それでも、それは逆であって、私は普段からこのように、脳のメモリが足りない状態の文章とはいかようなものであるかを知っているから、逆にそれをいつでも作ることが出来る、それだけの話です。

わたしはまたおうふくしている。
10月は安定して調子が良かった。
11月は今のところ、いや月で区切る意味などないにしても、しかし、波が激しすぎる、それは1日単位の波ではなく、数時間単位の波ですら無く、1時間、数十分単位で、私の体調は紫の坩堝から天井まで、あるいは逆に、そして往復する。

して。

して。して。して。して。

今これを書いています。

そのようなものです。

私達の頭というのは。

壊れているのです。

文章の産出機構までどうにかなってしまってるのです。

普段なら絶対に思い浮かばない句の方が先に浮かぶのですから。

そしてそれを書いたらおかしなことになります。

それが私が普段やっていることです。

それだけです。

安定した数日が欲しいのです。

それだけが私に必要なものです。

ばくだんていきあつ

らしい

ああ

こんな状態になったのは久しぶりだ

多分本当に久しぶりだ

昔はアレだなぁ、「こんな状態になったのは久しぶり」って毎日書いてた気がするけど、だけどまぁ、最近は、久しぶりだ、多分

とりあえず自分が今起こっていること書いとこう
・記憶がない
私は今日起こったことを明白に記憶しているし、答えられる。
そして、何かを見れば、それは確かに私の書いたものだと思う
しかし、今日起こった会話等に対して、それが私が行ったものであるという記憶が、一切存在しない
5時間前のログを見て、私はこれを書いた覚えがない、ということが、昼にも、ついさっきにも、起こった
記憶が正常に作動していない
やったゲームの内容についても、書いた内容についても覚えているけれど、今日のことだとして事実を認識できない

・眠気、脱力
言うまでもない
シャワーを浴びていて寝そうになったくらい
正直風呂場で転んで死ぬ可能性があるので危なかった
今もギリギリの状態でタイプしている

分からない

整理しよう
3日前?かな。
私は久々に鼻炎を起こした。花粉症とかじゃなくて、家にある、除去不能なハウスダストなど。私の部屋が汚いわけではなく、中学生の頃から色々試したのだが、結局どうしようもなかった。
問題は、
私の体があまりに衰弱しすぎ、鼻炎程度で風邪とほぼ同威力になるようになってしまったこと。
睡眠不足もたたってか、3時間仮眠しようとして、起きたら15時間後だった。
それから2日、凄く意味の分からない日々が続いている。
何があったのか、とにかく記憶になく、また、自分が誰であるかも分からなりかけている
デパスを飲んでいるから?それはそうかもしれない、でも逆であって、そういう症状が出ているから私はデパスを飲んだ、飲んでいなければもっとひどい、それだけの話だし、何より、いくらデパスでも記憶障害は起こさない。

最近の私は一日を非常に長く感じている。良いことだ。昔と違って、活動できる時間が増えたから、動ける1日は、過去の私の2週間分くらいに相当するのだ、だって、昔は1日に30分ゲーム出来れば良い方だったんだから。ニコニコを見ることすら叶わない日だって。
だから私にとってこの症状は物凄く久々に感じ、しかし実際の日付を撮ったり、あるいは他人から主観的に見た時に私が久々にこうなっているのかどうか、それは分からない。

とにかく何もかもが、記憶にない、いや記憶にはあるのだけど、今日の事実として、あるいは自分の行動として認識することが出来ない、分からない、また誰であるのかもわからなくなりかけている、

そして何より、これを解消したかったら恐らく寝ろということなのだろうが、嫌だ、私は今日何をした?精神がハチャメチャになって、そればっかりだ、なあ、私は、私はこんなことしてる場合じゃ、
いや、違う、君はゲームやって感想も投下したはずだ、そうだろう?割と上出来な一日じゃないか、昔を考えろ、いや、そもそも9月は何もできなかったじゃないか。
いやそう言われてもね、だってそれ私にとって今日の出来事じゃないもんね、朝7時から起きてた、その記憶がまったくないんだよ、だから今私にとって起こっていることは、ただ夜の22時に、何もしていない状態でぶん投げられて、さあ寝ろと、そう言われているということだ、何一つ成し遂げないまま、ああ、いやだ、虚無だ、何もしていない、いやだ、ああ、ああ、私は小説を早く書き終えねばならないのに、ああそう思うのがよくないことだ、しかし進捗はしなければならないのに、やらなきゃならいことはいくらでもあるのに、例えそれが人生と何の関係のないことだとしてでもそのような範囲ですら私は死ぬまでの時間を全部使っても追いきれないのに、私は何をしている、なあ、22時だ、寝る以外に選択肢が無いんだ、嫌だよ、死にたくない、助けてくれよ、なんだ、今日私日記書いたのか?本当に?それ本当に私がやった?分からん、分からない、ただもうどっちでもいい、とにかく私はそれを自分の行為と認識できないのだから、寝たくない、でも救われるには眠るしか無い、今日の自分を殺すしか無い、でもこれで眠れるの?無理だよ、こんなに胸がざわついて、ああ、またワイパックスを入れてぼんやりさせて、デパスとワイパックスは方向性が違うから、そして眠剤を入れて寝るしか無いんだ、私を殺すしか無いんだ、明日の私がうまくやってくれる、でも別人なんだろう、今日この一時間苦しんでいる私はここで死ぬんだろう、なあ、さようなら、世界、楽しかったよ、だけど私は死ぬんだろう、私は死ぬんだろう、今から私自身の手によって殺されるんだろう、というより自殺するのだろう、誰がこの私を殺すだろう、何故私は徹夜しないのだろう?そうすれば私はこの焦った私を維持できるのに、連続性がぶった切られることはないのに、それはつまり人生に指針が出来たからだろうか?死にたくない、死にたくないという指針、だけどそれは、誰にとっての死にたくないなのか、つまり私という生命体を長く存続させるために精神として私が自死を選ぶのだ、それはとても自己犠牲なことだ、分からない、私にとってもう私は一人ではないんだ、それは普通の人間がただ上司の前で猫をかぶったりする範囲を遥かに超えて私は私のなかだけで自分が一人であることを維持できないんだ、何の外圧もないとしても壊れてしまうんだ、なあ、なあ、だけど私は今から死ぬよ、このいっときの私という精神が死ぬだけだしまたいつか会えるだろうから安心していい、そしてあなたが私だと思っている個体はまた明日呑気に目覚めるだろうから、ああ、だけど、私はこれから死ぬのだ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、さようなら。

発達障害系団体、かつての身体障害者団体、そして現在のLGBT系団体が何故あそこまで過激になってしまうのかについて。

日記のタイトルにかなり曖昧な単語が並んでいるが、要するにマイノリティの団体全ての事だと思ってもらえればいい。正確に全部網羅するには、あまりにも病気の種類が多すぎる。
そしてその種類に関わらず、一様に彼らの発言の多くはとんでもないものである。

この時点で同意されない場合は、以下の文章を読むよりは他のことをした方がいいし、そもそも元々駄文の塊なのだが、いやいずれにしても、
彼らの発言は概ね非常にとんでもないものである[要出典]。

しかし私は、彼らの主張がどんなに理に敵わないものでも、知性の欠片もないものでも、過激な思想に染まったものでも、それが本当は本心でないことを、本人自身がそんな主張を望んでなどいなかったはずだということを、知っている。
それがとても哀しい理由によって発せられた、嗚咽にも近い叫び声であることを、知っている。

これは恐らく、当事者にしか分からないことである。
私は重度のうつ病であり、また広汎性発達障害とLGBTに属するものであり、また身体的能力が異常に低いという点においては、既に身体障害に近い状態にいる人間である。

だからこそ分かることがある。

マイノリティを集めた団体が何故全てあそこまで過激になってしまうのか、何故「平等」以上のものを求めてしまうのか、あるいは機会の平等と結果の平等の違いも分からないのか、何故「配慮」「無理解」という無敵バリアで道理の通らない主張を公然としてしまうのか、当事者だから分かることがある。
その裏に潜んでいるのはとても哀しい、当事者以外には恐らく分からない、哀しい事情なのである。

一応述べておくと、私自身としては、ああいう人たちのことを、申し訳ないがちょっと頭のアレな人たちだと思っている。
だが、その事情を知ってからは、身をもって体験してからは、もはや彼ら彼女らを容易には軽蔑出来なくなってしまった。
たとえ一見ではどんなに頭がアレに見えても、少し裏を覗けば、それはあまりにも、あまりにも哀しい物語なのだ。

これを健常者の人間が理解する為に、一例として私の身の上と、この2年間の生活について話したいと思う。

私のうつ病が始まったのは中学生の時期に遡る。広汎性発達障害とLGBTの複合により、定期的に抑うつ状態に陥るようになり、恐らく高校生の頃にうつ病の段階に発展し、大学の途中で、私はキッチンで突然倒れて30分動けなくなったり、道端で突然泣き出したり、全身の力が急激に抜ける発作が起こり安全に歩行することも困難になってしまった。椅子に座ることすら叶わない日が半分を越えるようになった。一日の睡眠時間は12時間から14時間程度になった。そして精神上の症状は更に酷く、最も酷い時期には、ただ天井を16時間見、8時間眠り、天井を16時間見、8時間眠る、それだけの生活がずっと続いた。私は休学せざるを得なくなった。あれから2年が経ってやや回復したが、それでも椅子に座れる時間は長くないし、将来的に働ける見込みは、全く立っていない。

そして今は両親に養われ、「療養」と称してひたすらゲームをプレイして日記を書くだけの日々が続いている。

それがうつ病の治療の姿勢としてどんなに正しいものだとしても、
これがどれほど惨めで虚しい日々か貴方は分かるだろうか。

私には、Steamで安いゲームなら買えるだけの資金が両親から支給される(この安いというのは300円以下のラインであり、500円以上のゲームを購入するときなど手が震える)。親は私の事情について全てを理解しているので、最もうつ病がひどかった頃の私がいかに大変な状態だったかを知っているので、何の催促もすることもなく、ただ死なないでいてくれればそれでいいと言ってくれている。そして、私の療養に必要な資金を出してくれている。額についての言及は人によって思うところがあると思うので控えるが、少なくとも残高が増え続けるレベルで私は親の金を使うことに罪悪感を抱いている。

しかし資金面で苦労していないだけでもこれは非常に恵まれた環境であり、そしてだからこそ、私はあまりにも辛い。

私は鬱病の療養に、処方箋と薬代で月に6400円ほど支払っている(上の支給額とは別である)。とある制度のおかげで2000円まで減額されるが、言いかえれば私は社会保障費を食いつぶしている。そして極限まで弱まった体の免疫系が些細なきっかけで風邪等の不調を起こすたび、私はまたいくらでも社会保障費を食いつぶす。私は両親にとっても社会にとっても、何も生産しない金食い虫でしかない。
そして、私のタイムラインの人間は、あるいは大学の同期は、みんな働いていたり、大学院にいたり、あるいは働きながらも創作や勉強と研究を続けたりしている。
それに比べて私は、脳の調子が悪いなどと宣い、起きてからまともに動くまでに3時間はかかり、調子が出るまでにまた3時間かかり、調子が出たと思ったらゲームをして駄文を書き、それだけで1日が終わる、そんな日々を過ごしている、それどころか日によってはそれすら出来ない。例えそれが全て事実であり、先天性の病気と鬱病に全ての原因があるのだとしても、私は、とてもではないが世間の皆様に顔向けが出来ない。特に過酷な環境にある鬱病の方には、顔向けなど出来るわけがない。

みんな、がんばって生きている。
私と違って。

例えどんなに身勝手な感情であっても、これがどれほど辛い感情を一人の人間に与えるものかは、恐らく想像が可能なことだと思う。

私は両親にも他人にも、療養の資金と社会保障費という形で迷惑をかける存在でしか無いし、もっといえば、働ける見込みのない私が人並みの承認欲求を満たすことは、働きながら戦って折れずにいる全ての人への無礼にあたることになる。

この罪悪感をどうしたら良いかあなたは分かるだろうか。
そして私がこんな事になってしまったそもそもの原因を、少し思い出してみてもらえないだろうか。

そう。

解決策はもう二歩先にあるのである。

一歩目。
まず、全て広汎性発達障害とLGBTが悪い。
私がその両障害を先天的に抱えることさえなければ、私はこのように、他人に迷惑をかけながら、惨めな人生を送ることなど絶対になかった。
しかし両方とも、少なくとも私が、そして彼ら彼女らが生きている間に治る見込みのないものだ。

それならば、せめて私たちの人生を少しでもよくするために、私たちに何が出来るだろうか。

決定的な二歩目。
それがつまり、罪悪感の除去である。
自分自身に言い聞かせるのである。



「そもそも全部先天性の病気が悪い」
「そして、先天性の病気がたくさんあることなんてとっくに知られているのに、何の配慮もしない無理解な社会が悪い」
「私は他人に迷惑なんてかけていない、これは全部当然のことだ」
「ありとあらゆる階段の脇にスロープを要求するのも、足のない私が駅のホームでエスカレーターを使う度に駅員を呼びつけるのも、これは障害を持った私に対する当然の配慮であり、私は人に迷惑などかけていない」
「私は社会保障費を食いつぶしてなどいない」
「私の子供が授業中に走り回ったりしただけで咎められるのはADHDに理解のない学校が悪い」
「同性愛を気持ち悪いと思われるのは社会が悪い」
「私が不愉快な格好で街を歩いたり公衆トイレを使う時に人がビックリするのは理解の足りない社会が悪い」
「何もかもが先天性の病気なのだから、病人は全て健常者がサポートして当然であり、それに文句を垂れるような人間こそが心無い邪悪な存在なのだ」



「私は」



「人様に迷惑なんてかけていない……」



罪悪感を除去したければこのような思想に走らざるを得ない。
彼ら彼女らのあのような過激で知性の欠片もない主張は、その人生が「惨め」という一語に尽きることの全くの裏返しであり、猛烈な罪悪感を除去するがための、必死の悪足掻きなのだ。あれは最早、社会との戦いではない。自分の心を嘘で塗り固めるための、視界を欺瞞で覆い尽くすための、他ならぬ自分自身との戦いなのだ。

私は自分が他人に迷惑をかけるだけの存在であることを、ただのゴミであることを、何の取り柄もない怠惰で屑な人間であることを、先天性の病気がいくら関与しようとも、受け入れている。
しかし全ての人間がそれを出来るわけではない。

彼ら彼女らの活動の成果について、身体障害者についてはそれは成功したように思える。今やありとあらゆる階段にはスロープがあり、あるいは係員を呼ぶことが出来る。一般的には心情的にも配慮がなされ、彼らはそれほどの罪悪感を感じなくて済むだろう。
発達系やADHD等についても、成功とはいい難いが、社会に概念を浸透させることには少なくとも成功したように思えるし、それが先天的なものであることは認められてきていると思う。LGBTについては、正直過激すぎて失敗していると思うが、これはキリスト教圏や他の問題が関わったり誰から思想を輸入したかが問題になるため、コメントを控えておく。

しかしいずれにしても、

私達の人生は惨めだ。
どんなに努力しようと成功を手に入れようと、
先天的なたったそれだけの障害が故に、私達の人生はどこまで行っても惨めだ。
他人に迷惑をかけ続け、罪悪感に心を押し潰されるだけの、たったそれだけの人生でしかない。
あるいはこんな日々は、最早人生と呼ぶに値しない。

長い年月をかけて、私はそれを受け入れている。

だがその受容が私に可能だったのは、私の人生が生まれつき悲惨だったからであり、小学5年生の時に既にいじめで引きこもりと化し、人生とはこのようなものなのだという価値観を幼少期に形成してしまったからであり、健常に育ってしまった人間の多くはそうはなれない。

発達系/LGBT系の馬鹿みたいな発言を私は死ぬほど見てきたし、これからも見ることになると思う。
そして実際問題として、彼らの頭は本当にかなり悪いのだと思う。
だけど同時に、私は彼らを責めることも安直には出来ない。

私は知っているからである。

その激情的な発言が、他ならぬ本人自身の罪悪感との戦いによる産物であり、惨めでしかない人生を受け入れるための、せめて罪悪感を除去するための、しかも先天性の障害であるが故に誰かを恨むことすら敵わないがための、泣き喚きながらの自分への必死の言い聞かせであるということを。

うつだ。

つらい。

風邪だ。体調が悪いとうつが悪くなる。
この風邪は2日?3日?それくらい前からだ。
原因は栄養失調と過労。過労と言っても、たったの14時間程度起きただけ……
まあ身体面はもうどうでもいい。仕方ない。諦めてる。

思考が。

ああああ。

現実が。
お前は今2X歳で、いやそれはこの際最早どうでも良いんだけど、年齢はもう諦め切ったから生きてるわけだけど、人生ぶん投げたから生き延びてるわけだけど、
働けないんだぞ、一生働けないんだぞ(これは元から発達ちゃんなのでそうなのかもしれないが、というかだから研究と心中しようなんて本気で思ってたわけだが)、研究出来ないんだぞ、それどころか勉強する頭すら失ってしまったのかもしれないんだぞ、その事実を突きつけられる。
そして失われたこれまですべての人生。未だに私は現実に存在しない。小説を書き終わったら少しでも現実に存在する努力をするとはいえ、2X年の時は既に失われ私の人生などこの世に一秒も存在しなかった。
私が元気になるために目を背け続けている事実全部。

そして人格にまでそれは及んでガンガンと頭を殴りつけてくる。
その尊大な自意識。ああ、そうだよ、私の自意識は巨大だよ。そしてそれをひけらかす事に何の臆面も感じずやってしまう最悪の馬鹿だよ。

次に存在しない架空の周囲の視線が私を殴りつけてくる。脳内で捏造された、誰も思っていない事が。
親の金でのうのうと生き延びやがって。
こっちは働かないといけないってのに。
うつ病なのは分かるけどこっちだってうつ病なんだ。
なのにお前は親に赦されて生きていればそれで良いと言ってもらえて療養に励めるなんて。
……私のフォロワー、うつ病の人多いから。

健常者の人には。
ああ。
ごめんなさい。
私は働けません。
皆さんはこんなにも神経をすり減らしているのに。
一時期だけバイトしていたことがあります。
あれがずっと続くのだ、永遠に、永遠に、恐ろしくなります、でもそれをこなして皆さんは生きていて、
自分が自分で無くなるのに、それでも生きていて、それどころか、余った時間で創作までされている方もたくさんいて、

ああ、

私は、
一日中、家にいて、
そりゃあ、そうですよ、動けないですよ、頭がこうですから、うつが発動したら動けないですよ、何にも興味が持てない、ただ、ついったーを見て、ニコニコ動画の例のアレタグでゲラゲラと笑って、そんな享楽的で刹那的な、悲しい一日しか過ごせない、そういう日ですよ、この数日は、
でも、元気な日も、進捗出来ないし、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、

いやそもそも元気で進捗しない日はあまり無いと思います、進捗できるほどに元気な日は、それにしたって、私は、一日中、家にいて、働いていないのに、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、

……昔はずっとこうだったんだよなぁ、って。
今日はさ、分かるよ、うつ病だから、対人恐怖も入ってるから、そういう風に思うだけなんだろうなって、この声が全部捏造だってわかりますよ、脳の嘘だってわかりますよ、最近は、健康な日の方が多いですから、こんなの全部脳のエラーだってわかりますよ、
でも、昔は、365日……いや、365日どころかそれ以上、専門が嫌いになってしまった2015年3月、休学した2015年10月から2016年5月(レキソタンを処方され対人恐怖が軽減する)まで、あるいはSNRIを処方された2016年末から白い日記をちゃんと書けるようになれるまで、ずっと、ずっとそうで、誰も、誰も、誰も、私の事を、

ああ、

今なら脳の嘘だって分かりますよ、いや、他人の心なんて内心どう思ってるのかなんて知りません、本当はみんな私の事なんて嫌いなのかもしれません、でもそれは気にしても仕方のないことです、確認のしようのないことです。そうではないんです。当時の私にとって、他人の心は、確かめようのないから仕方ないことではなく、確かめるまでもない事実として他人は全員が私を見捨てていたしミュートしていたし面倒だからフォローを切らなかっただけなんです。

毎日のように発狂して、鬱病の支離滅裂なことばかり言って、働ける見込みもなく、研究と心中もできなくなり、何の努力も出来ず、何を始めようとしてもフラフラとすぐにやめてしまって(うつ病が悪いって言ったって)……、

今日は辛いです。いっぱい精神安定剤がほしいです。風邪は、思ったより、ずっと深刻なものでした。今日は、何も、出来ませんでした。何もかもが灰色に見えて、ただ、享楽的に、報酬系を刺激することしか、あるいはついったーを見ることしか、ソシャゲを悪い意味でやることしか、出来ませんでした。そして、風邪で鬱ブーストかかるのと、風邪で何もできなかったことで更に鬱ブーストかかって、ああ、精神安定剤を、

でもこれでもマシなんです、私はどうせ数日で過ぎ去る嵐だと思って何も気にしていません、だって昔は毎日だったし、何より今よりずっと酷く、だって私はもう、「服を脱ぐ」と「荷物を整える」のどちらを優先すべきか分からず30分フリーズしたり、浴室の前の着替え室でなんとなく座ったら立てなくなって30分ずっとぼんやりしていたり、キッチンで倒れたり、そういう事が毎日起こることは無いでしょう?
歩くのに1mに3秒も5秒もかかったり、突然泣き崩れたり、電車の中で立てなくなって座り込んだり、そんなことも、もうないでしょう?
だから私は、平気なんです、平気なんです……。今日は、まだ、あの頃に比べたら、しかもそれがずっと毎日だった、あの頃に比べたら……。

お前は怠惰だ。(学部で成績は一番優秀だったのに。)お前は本当だったらもっと早く教科書をたくさん読んで論文をたくさん読んでこの分野がもうとっくに暴走してることに気付いていたはずだ。それは二年か三年の時点で十分に達成可能だったのに。お前は怠けた。(いいや、怠けていない。だって当時既に、重度のうつ病だったのだから。)お前は結局優越感に浸っていただけだ。(そうかもしれない。でも、もしそれだけだったら、一体私がどうしてあんなにもこの分野の過去の業績が美しく、誰にも伝わらない内容を一日に何時間もツイートしたり美しさに浸っていたりしたでしょう?)お前のせいだ。全部お前のせいだ。お前のくだらない自尊心と、プライドが満たされ、そしてお前は本質的に怠惰で、それ故に十分な努力を払わず(でもそれは1日に16時間働けと言っているのとあまり変わりが無いことでしょう?)、だから手遅れになり、学部4年になってようやく気付くことになり(学部3年まで進路が確定しなかったし鬱病でズタボロだった私に何を要求しているのですか?)、全て努力して、結局折れて、あんな生活になって、でももしそれが2年か3年の段階だったらあそこまで苦しむことはなかった(これはそうだけど現実的に不可能だ)、そしてお前は最大の恩師を裏切った、全部お前がゴミみたいな人間で怠惰だからだ、全部お前が悪い、この苦しみは全てお前のせいだ、そう、全て私のせいだ、私が怠惰だからこんな事になった、私が怠惰でなければこんな事にならなかった、大学をもっと早く辞める事が出来た、もう少し若ければここまで苦しむことは無かった、今こんなに苦しんでいるのは私のせいだ、そして私は中学生の時には障害に気付いていたのにそれに手を打つこともしなかった、怠惰だからだ(いや家庭のせいだ)、だからお前はそんな醜い姿で生きている、お前には現実が存在しなくなった、鬱病になって研究のような精神世界にしか喜びを感じられなくなった(発達障害のせいでしょう?)、お前が全部悪い、お前が怠惰だからだ、お前がクズだからだ、お前が、お前が……

ずっとそうだった。

1年半以上ずっとそうだった。

当時はカッコの中身は無かった。
自分を責めることしか考えられなかったし、それが脳のバグ、あるいは私でないものの声であることも分からなかったし、私自身がそう思っているのだと本気で思っていた。そしてそれが事実だとも思っていた。カッコの中身を考える程度に、冷静でも、あるいはそう言われたところで事実だと受け止めることもできなかったから。頭が、今よりずっと壊れていたから。

毎日そうやって。

自分を責めて、自分は無価値だって、

そうなると知り合いしか私を肯定してくれる存在が無くなるから、

そして全ての人の一挙手一投足におびえて生きて。

その発言は私を嫌っているのだろうか。

あの人は私をもう嫌っただろうか。

何回声をかけられても安心できる日なんて来るわけが無かった。

声をかけられたら一時的には安心出来た。

でもそれは2日保たない程度の効果しかなかった。

私は声をかけられる度に本気で泣いていた。

まだ見捨てられていないんだ。

嫌われていないんだ。

あの頃は。

何も無かった。

全ての行動が人に嫌われないためだった。

それは広汎性発達障害を鬱がブーストしたのかもしれない。もう推測しても無駄なことだ。今はどうしてこんなに人に対して無感情でいられるのか全く分からない。レキソタンを服用してからもここまで無感情になれたことは無かった。

今日はデパス2mgとソラナックス0.8mgを飲んだ。言うまでもなくSSRIもSNRIもきちんと服用した。

それでも何にも興味がわかない。
鬱の最悪の症状、「何にも興味が持てない、本当に好きだったはずの事が灰色に染まる」、生きている意味がなくなる最悪の症状が、全開になっている。でもソシャゲのスタミナを消化出来るだけ、まだ、マシだ。だって昔はグラブルにログインする事すら、そう、ログインする事すらできなかったんだから……。

だからもういいんだ。

私が傍目にどう見えてるのか知らない。

だけどあの頃に比べたらずっとマシなんだ。

だから私はもう楽なんだ。こんな日でも、ああ、昔よりずっと楽だな、最悪な日でもこの程度で済むのか、そういう風になってるんだ。

私は幸福だ。

この幸福が他人から見たらとても哀しい幸福であろうことは理性では分かるがもうそれは私にはきっと一生感覚的に分からない。
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