認知が歪んだ世界の住民

こんな私でもたまにスカイプに誘ってくれる人がいる。私は聞くことしか出来ないのにそれでも誘ってくれる。ありがたいことだ。人間の声というものはとても暖かい。
スカイプを通して聞く声は、暖かくて、何かが、何もかもが、違うように感じる。現実の声は、会話の内容が何であれ私のことを嘲笑ってるんじゃないかと私を不安にさせる。私はいつも針のむしろの上に座っているように暮らしている。
この違いは声を出す人間の違いなんだと思っていた。現実で会話をするような人は頭の悪い人達で、スカイプの人達からは理性を感じるから、そういうことなんだと思っていた。でもそんなの本当の原因じゃないんだって、気づきたくなかった。
私に無条件の安心をくれるスカイプの声、それを暖かく感じるのは、別に相手が優しいからではなく、私のことを馬鹿にしたりしないという(極めて当たり前の)確信から来ているのだった。
この感覚は多分理解してもらえないのだと思う。「この世の人間全てがお前のことを馬鹿にしている」というどうしようもない被害妄想。町で誰かと目が合ったら気持ち悪いと思われたと感じるし、異性を見ると殺されると面って反射的に避けようとするし、あちこちから聞こえてくる話し声全部が私を馬鹿して笑っているように感じる。心の休まる暇が無い。小さいころいじめられるとこういう風に育つんだ。
こんな世界に生きているから「私のことを馬鹿にして笑い始めたりしない」という普通の人は思い付きもしない原始的なラインが私に法外な安心感を与えてくれる。

スカイプの音声と町の音声をランダムに差し替えても、私は多分気がつかない。
この違いは音の違いではなく、私の認知の歪みだけによって引き起こされているから・・・。

私は視覚野の使い方が変です。
普通の人が使っていないような視覚の端まで割とクッキリ認識できます。その代わりに人の顔が認識できません。意図的に焦点を分散して何も見えないようにしているというか、なんというか。だから私は町で歩いていると人とぶつかることが多いんです。私は視点を固定しながら視野の焦点をずらすことで横を見るので、傍目には頭の向きからして見えないはずの位置の障害物を何故か知覚して避けるように見え、進路が急に転換するのでぶつかってしまうんです。

ああ、何書きたいのかわかんなくなってきた、けど。
生きるのって予想以上につらいですね。

哲学的ゾンビと人間本性

やはり人間の備えている先天的な本能というかなんというか、そういうものは非常に強烈なのだなぁと思いました。認知心理学?って言うんですかね。あの方面によると、人間の心にはある特定の基準でモノを区別する能力が先天的に備わっていて、「親族か他人か」「人工物か自然物か」とか色々あるんですが、その中に──「人間か人間でないか」という基準があるのだそうです。
ところでここに哲学的ゾンビという話があります。
哲学的ゾンビの議論を実際に進めて行くとどうなるのかは置いておいて、それ以前にそもそもの話を考えてみたいと思うんです。そもそもというのは、もしもこれが「哲学的バナナ」とか「哲学的ショウジョウバエ」とかだったらここまで広く騒がれることがあったかなぁ、ということです。
バナナだって生命体である以上は何らかの感覚を備えている。従って樹から切り落とされるその瞬間には「うわあああああ!!!助けてくれえええええ!!!」と何らかの形で騒いでいるはずだ。ところがここで「見た目は完全にバナナだし、食べてもバナナの味がするし、科学的にどう解剖・分析しても全く本物のバナナと見分けがつかないが、切り落とされる瞬間に叫んだりする具体的な感覚を持たないバナナ」というものを想定してみたい。そのバナナは確かにバナナなのだが、切り落とされる瞬間の「あの感覚」を持たずして、果たしてそれをバナナと呼んでいいのだろうか?いやむしろ、そもそも自分以外のバナナが死の恐怖を本当に「感じて」いるのかどうかなんて確かめようがないのだから、ある意味で全てのバナナが哲学的バナナであるともないとも言えるし、結局我々に出来るのは相手が哲学的バナナであるかどうか自分の中で勝手に決めつけることだけなのだ……ああ、なんてくだらない!
もしバナナで考えるのがあまりに荒唐無稽だと思うなら、バナナをショウジョウバエとかチンパンジーとか、ある程度の知性を備えていると思われる生き物に置き換えてみればよろしい。ゾンビを人間以外の何に置き換えても、その議論が哲学的ゾンビ以上の「重み」を持つことは有り得ない。
結局、我々を「哲学的ゾンビ」という議論に駆り立てる原動力自体が、「人間とそれ以外を鋭く区別する本能が我々には備わっている」という所から来ている。哲学的ゾンビが語るのはどこまで行っても「それが人間かどうか」以上の話ではない。私達が哲学的ゾンビの話をこうも気持ち悪く感じるのは、「人間であるともないとも言えないもの」をはっきり突きつけられると本能が混乱を起こしてしまうからだ。
トロッコの進路を切り替えなければ5人死ぬが切り替えると1人死ぬ時のように、人間に備わっている知的能力というのは大抵何らかの欠陥を抱えていて、少しいじってやれば容易くバグを起こしてしまう。(だからといって人間の脳は愚かだというわけではない。これは確かカントだったか──空を駆ける鳥は空気抵抗に遮られながら、空気が無ければもっと速く飛ぶことが出来るのにと思うかもしれないが──空気がなかったらそもそも飛ぶことは出来ないのだ!)。そのバグの結実の一つの形が「哲学的ゾンビ」の普及なのかなと思ったりしました。

血涙文庫発刊の辞

素敵な良い夜だ。人生とはかくも素敵なものだったのか。
これは特に誰かに読んでほしいわけじゃない。普段からそうではあるけれど。こんなブログ、読んでくれている人は一人でもいるだろうか。いたとしたら感謝の念が尽きない。
アクセス履歴は一応取ってあるんだけど一部の記事に検索から飛んでくる件数が多すぎて半ば使い物にならなくなっている(全部合わせて1日に20件程度ではあるけれど)。具体的に言うとIbのアレとか、何故かいっぱいアクセスがあるジェンダー論のアレとか、あと非常に出鱈目な記述の多い統合失調症の記事とか。
統合失調症の記事、正直自分でも恥ずかしいくらいで非公開にしようかとも何度も考えたのだけど、やめた。理由があってのことだ。
それはつまり、あんな記事がyahooやgoogleのトップに来てしまうくらいインターネットには情報が無いのだということ。自分でほかのサイトをチェックしてはみたが、病名があるくらいで、正直似たり寄ったりだ。私の書いたものは間違いなく出鱈目の塊なのだが、「最低ではあるが、よりまし」と民主主義の理念を援用して公開を続けることにした。
覚えている人はいないだろうけど、そもそもあの統合失調症の記事はいわば話の枕であって、それに後続する二つの記事のためだけに仕方なく書いたどうでもいいものだった。そんなものにアクセスが頻繁に来たものだからびっくりした。調べてみると、確かに統合失調症についてきちんと(私なんかよりきちんと)記載されているページというのは見当たらなかった。全人口の1%が罹患する、とんでもなくメジャーな病気だのに!
日本中にいる精神科医の一人くらいはああいう病気について軽い解説でもしてたっていいだろう。かなり専門的なページを作ったっていいだろう。でもたったの一人もそれをやらない。(この手の話で有名な某先生については本の形で非常に詳細なものを出版されているが、インターネットからはアクセス出来ない。)
よく大学の教授なんかが「基本的にインターネットには間違った情報しか載っていない」などとWikipediaやYahoo!知恵遅れに頼る若者を馬鹿にするのだが、インターネットをこんな空間にしてしまったのはいったい誰が努力を怠ったからなのか?皆さんの小手先程度の努力でどうにかできたのではないか?いや、今からできるのではないか?
だからこそ私はここに決心する、インターネットを変えてやるのだと!こんな大学生一人でも世界を変えられるくらい、この世は希望に満ちている!
こんな何の力もない学生一人に出来ること。それはつまり、この2年間の生活の中で勉強したことを、そのまま記事におこして無償公開することであった。

毎日のように私を襲う白昼夢

中央監視コンピュータ「ミーアー」の操作インターフェイスは赤いどろどろの液体で染まっていた。国家職員達は機材に身を投げ出して絶命している。腐乱臭が充満する中、あちこちから上がる火の手に照らされて二つの影が大きく延びていた。
「そういうわけで」
薬物に染まった声色で、ピストルの照準を合わせながら続ける。
「あぁ~、撃って当たりますかねえ、これ。寝る前だから、ふらふらだ。まあ、いいや。それでね」
一歩、二歩、距離を縮め、
「この国には滅んでもらおうというわけですよ」
銃口を額につきつけた。
寝る前の戯れのためだけにたった今作られた老人は、設定通りのセリフを何の感情もなく熱意たっぷりで奮うのだった。
「一体自分が何をしてるか分かっているのか!お前さえこんなことをしなければ皆が幸せに暮らせたんだぞ!今からでも遅くない、あのコンピュータさえあればまだやり直せる!だからその銃を降ろして、その・・・私を、あそこまで、連れていくんだ」
にわかに語気が弱々しくなった男には、もう足が無かった。
「みんなで幸せに、ねえ」
待ってましたと言わんばかりに口の端を意地悪に吊り上げる。
「だから、そこからしておかしいんですよ。何も分かってない、だから上手く行かないんですってば」
また始まった。いつものお説教だ。
「あのねえ、人間ってのは究極的には利己的に出来てるんですよ。それが大前提なんです。その上でシステムを作らないといけないんです。具体的には、全ての個人が自分の利益だけを追い求めてこそ上手く回るようなシステム。美しくないからこの国は滅ぶんです」
いつもこんな調子だから嫌われるんだなあ。それは友達も出来ないだろう。対して木偶の坊、お決まり通りのセリフを都合の良い時に投げてくれる。
「そんなことはない!人間だって、協力すれば生きていけるんだ!おかしいのはお前のような、自分のことしか考えられないキチガイの方じゃないか!」
「だからねえ」
不意に銃口が反対側に向けられた。狙いは明後日の方向、遥か遠く----
「利己的な個体が一体産まれただけでそういう種族は滅ぶんですよ」
果たして弾丸は紅いコンピュータを撃ち抜いた。部屋を囲んでいた全ての機材が爆発炎上し、こうやって私の今日の妄想も無事に終わる運びとなった。

杞憂

案の定、すべては私の杞憂だった。ここは生まれてくるに幸運な、幸せで素敵なせかいだ
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ルーミア厨

Author:ルーミア厨
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