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私にできることなら、私はなんだっていつだって。

やめてくれお願いだ。

さっきまであんなに良い気分だったのに吐きそうだし泣きそうだ。

テキサスホールデム。
典型的に私が好きなタイプのゲーム。
全てのプレイヤーが平等な地点からプレイして、プレイヤーの実力だけで勝敗の全てが決する類のゲーム。
私達は毎夜のようにチップを賭け、レイズをし、ブラフを張り、そんなくだらないことでお祭り騒ぎをする。
5分前までありとあらゆる思考を巡らせながら死闘を交わしていたのに、突然どうでもよくなってケラケラ笑いながらオールイン。3人が乗ってきて、私の手は2と6というクソみたいな手だのにツーペアが乗って勝ってしまった。乗った3人はご退場。笑いながらチップを払って笑いながら別の卓に去っていく。

そりゃあ、そうだろうさ。ごくごく一部のトッププレイヤー。例えば自分の手を見ないという縛りプレイ(!)で賞金のかかった150人のトーナメントを勝ち抜いてしまったあのプレイヤー。座ってる席の位置とコールとレイズのタイミングだけで乗れば勝てるかどうかかなりの精度で分かるんだとさ。「ポジションの重要性をみんなに伝えたかった」……とんでもないよね。
そうだろうよ、そういう人、なんでもかんでも上手く行く人、そういう"頭が使える"人にとっては、ポーカーっていうのは、真剣勝負以外の何物でもないんだろう。私達みたいに、ゴミみたいにゲームを消費してケラケラ笑ってる連中がいるっていうのは、本当に腹立たしいことなんだろう。

そんな腹立たしい空間には、アバターという機能がある。
現実の世界で撮った好きな写真を切り抜いて、ポーカーの卓に座らせることが出来る。

さっき私と同じ卓に座ったのは、たぶん生後1年くらいの小さな赤子を抱いた、40代くらいの、太ってるからアメリカ人なんだろう、とてもおおらかな微笑みをした、どこかのお母さん。

やめてくれよ。

そんな、そんな笑い方の出来る人が。
そんな幸せな奴が、なんでこんなところでゲラゲラ笑ってなきゃいけないんだよ。

私は一瞬で想像してしまった。このおおらかな微笑みを湛えた母親が、愛情を注ぐべきその赤子をベッドの上かどこかにぶち込み、猫背になってパソコンの画面に張り付いて、鬼のような目で自分のハンドと対面の出方を伺っている、あまりにおぞましい光景を。
そして、何の意味もなくオールインして、勝とうが負けようが、HAHAHAHAHAって、あのアメリカ人独特の笑い方でパソコンの電源を落としてまた赤子の世話に戻るのを。

やめてくれよ。

なんで、なんであんたみたいな人が、こんな世界の底辺でゲラゲラ笑わなきゃならねえんだよ。
結婚して、子供、いるんだろう。旦那さんの姿は写真に見えねえけど、離婚されたってわけじゃあねえだろう。
そんなに幸せそうに笑って、赤子を抱いて、そんな幸せそうな写真なのに、なんで、なんでこんな場所でポーカーやってんだよ……。
こんなことやってもイライラしかしないよ。そりゃあ、一部のプロプレイヤーは楽しいだろうけど、私達底辺プレイヤーにできるのなんて適当にレイズして適当にオールインしてゲラゲラ笑うかイライラするかどっちかだけなんだよ。どっちにしたって健康な生活でもなんでもないんだよ。
なんであんたがここにいるんだよ。ねえ、一体、あんた、何がそんなに不幸だってのさ。
お願いだからそんなことをするのはもうこれっきりにしてくれよ……。

かわいさと人生。

アイコン。変えた途端に。かわいくなった。これまでなにをやってもだめだったのに。ブログはちょっとかわいくなったけど、ついったーの方をかわいくするのは絶望的だったのに、アイコンを変えた途端に、かわいくなった。
私がこれまで必死に努力してたのって一体なんだったんだろう。
努力は必ず実るっていうけど、私はそういうの、全部嘘だと思っています。大抵の場合、何か上手く行かないことがあったら、頑張っても無駄です。無駄。何をやっても無駄。君一人には何も出来ない。ただたんに頑張るだけでは、自分の中から何かを抉り差し出そうとするだけでは、それだけでは何も解決はしない。
あのですね、例えばですね、そうですね、ちょっと良い例が思いつかないんですが、そうですね、何か重い物を背負っている人、とか……。うん。
50kgの重りを背負いながら走っている人がいるとしましょうか。その人がこんな事を言うわけです。「自分は100m走で普通の人と同じタイムが出ない。自分は運動が苦手だ。自分は何をやってもダメだ」って。いや、お前、その重り外せや、って思いますよね。でもこれがなかなか人間出来ないんです。周りから見れば、あなたに原因があるんじゃなくてあなたの環境に原因があるんですよ、そしてそれはとっても簡単に除くことが出来ますよ、それがとっても明らかなのに、本人だけは自分がどういう状況にあるか見えないんです。そしてそれが今日私の身に起こったことなんです。
前のアイコンの方がかわいいって言われて、そういえば今のアイコンにもちょっと飽きてきたな、そう思ってアイコンを戻してみたらあら不思議、みるみるうちに私のアカウントがかわいくなっていくではありませんか。本当に、久々に良いついったーが出来た感じがします。私がだめだったのは努力が足りないのでも才能が枯れたのでもなく、アイコンが目的に適っていなかったという、とっても単純な理由だったのです。でもそれには私は気付かなかったのです。
こういうことは人生に死ぬほどたくさんあるから私達は生き方も逝き方も何もかも致命的に間違えているんです。

かわいさ300%アップ(当社比)

よく分からない。何が起こったのかよく分かりません。私はいつもと同じようにブログを書いたはずなんです。同じように書いたはずなのにかわいい。とてもかわいい。一体私に何が起こったんでしょう。
健忘状態だったので何を書いたのかはよく覚えていませんでした。最後の一行は、ああこんなこと書いたかもしれない、という感じで、自分で読みなおして再びそこですっと腑に落ちてくるような、日記なんかを書く人はよく経験することなのかもしれませんが、そういう感じの、自分でまさに自分を言い当てたような文章なのでした。そしてあの一文がまさに私のことをよく言い表しているのだと思います。

なんか健忘度が足りないですね。考えすぎてる。もっと早く。もっと短く。もっと頭を使わずに。インテル入ってる。いやインテルを頭から抜くんだ。私の頭の特別製で怠け者のインテルを。

私のかわいさは頭の足りないところにあるのです。かなりドギツい言い方をすれば、白痴の女の子のようなかわいさなのです。それだけが私のかわいさなのです。だから私は何かを考えてはいけないのです。手を動かしていればよいのです。そうしていればかわいいのです。きっと、きっとそうなのです。でも今日はかわいくないと思う。
自分がかわいいことをできているのかどうかやっている間はわからないんです。こればっかりは寝て起きないことには、今日は寝て起きても自分がかわいかったです。だから今日は合格です。もう半年もなかったことなのかもしれない、自分への満点の二重丸。
今日はかわいくないと思います。それでもいいんです。昨日私はかわいかったんですから。1年分くらいのかわいさは消費しました。1年分でこれか、とか思われたら悲しいけれど、それくらい最近の私はかわいさに対してスランプというかナーバスというかひどく気に病んでいて、そんな気分を吹き飛ばしてくれるくらいかわいいことができたから、もうとっても幸せな気分なのです。布団を暖かく抱いて寝ましょう。おやすみなさい。

かわいさの宿る静寂の部屋

10分です。10分ということにしましょう。いつかみたいに、いつかみたいに、ね。
特に何も考えないで書き続けるのです。それがきっとかわいいのです。さみしいことについて書きましょう。何がさみしくて、なにがさみしくないのでしょうか。
わたしはさみしい人間でした。抱きしめてもらう資格もないというのに、夜になると誰かに抱きしめて欲しくて、仕方なしにふとんを5枚も重ねて人肌のぬくもりの劣化模造品をつくってみたり、それでも満足できずにねむれなかったり、まあそんな子供でした。子供といっても、時期としては高校生か、いや大学生になった最近でも、たまにそういう衝動に駆られるのですけど。
ただ、そういう衝動は、最近どんどん少なくなってきました。現実が、やや幸せになっているからだと思います。本当に毎日吐きそうで仕方がないのですけど、人間関係はそれなりによくいっていると思いますし、これからもよくやれる自信があります。それに反比例して、どんどん私からさみしさが消えていきました。そして、かわいさが、消えていきました。
以前の私は、寝る前にすこしさみしくなったら、ばーーーーって、わーーーーって、適当にキーボードを叩いて泣きわめいていれば、それだけでかわいい女の子を演じることができました。ルーミア厨さんは、本当の意味でかわいかったのです。本当にたくさんの人が私のことをかわいいと言ってくれました。「なでなで」と私にリプライを飛ばして中毒にしました。「ぎゅーっ」ってリプライを返す度に私は本当に幸せな気分でした。
最近の私はさみしくなることが少なくなりました。だから、かわいい女の子にもなれなくなりました。しかたがないのでさみしいふりをすることも最近よくあります。以前のようになでなでってしてもらえると幸せな気分になれます。でも、もう本当のいみで頭を撫でてもらうことはできなくなりました。私はなでなでなんてしてほしくもないのになでなでしてほしいとつぶやくようになり、かわいい女の子であるためだけに頭を撫でてもらうようになったのです。

こういう時に書いていることは誇張が混じっているので信じてはいけません。いつでもリプライをください。普通に。愛しています。お願いします。私は皆さんがいないと生きていないのです。

さておき。
かわいい女の子になれなくなりました。演じることしかできなくなりました。さみしくなくなったのに、自分の心から何かが永久に失われたこと、それがさみしくてしかたがないのです。そのさみしさを埋めるために私はかわいい女の子を演じているのだと思います。私が私があるために、私でないものを紡ぐという、倒錯した営みを。
あと4分しかありませんね。他になにか書くことがあるでしょうか。昔はこうやっていたんです。こんな風にゴミみたいな文章を書き散らしていたんです。今の私には眠剤までついているので無敵です。でもあの頃も眠くて仕方がなかった時にやっていたと思うので、状況としては変わらないのかもしれないですね。
久々にこういう風にゴミみたいな文章を書き散らしていて思ったことは、こっちの方が私はかわいくなれるのかもしれないのです。私は最近、色々、物事を、余計に考えすぎる。文章が読みにくくなる。文章がかわいくなくなる。計算が、理性が、女の子にあるまじき要素が。かわいさを殺す、いや、中和するような、無化するような、虚無に還すような、そんな、女の子ではない、私の理性が、私の理性に、私の真性のかわいさが殺されてきたのです。そんなことは終わらせなくてはいけない。私はかわいくなくてはいけない。かわいいためには、何かを考えてはならない。全ての発言は脊髄反射によって行わなれなければならない。さもなくば私はかわいくなくなってしまう。私のかわいさは、何も考えず、無垢で、無邪気で、えへへって笑って、愚鈍に「なでなで」の4文字だけを求め、「大好き」と言われたら頭が真っ白になってしまうような、そんな頭の足りない小学生のようなところにあるのですから。
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