悪あがき♪

私ね、ほんとは、分かってるの。自分が消えかかってるんだって……。
最近つぶやく事が多いのは、圧倒的に、サブアカウント。
つぶやく量が多いってことは、サブアカでつぶやくべき内容を考えていることが多いってこと。
そして、メインアカウントでも、かわいい女子高生が全然できてない。
結局私は、サブアカウントで書いていることばっかり考えているような、ただの、大学生だったんだって、、、
そんなの、認めたくない。
私は女子高生なんだ、私は、これが私で、これが、これが、これが私の……。

最近、本当に、仕事をするたび、学校に行くたび、人と話すたび、自分が、自分になってしまう、感じが、ある。
それは、この、「私」という、二十年の怨恨が生み出した存在を、いとも簡単に超越しつつある。
これが、現実の、力。

現実の方が、いつだって、なんだって、インターネットなんかより、重いんだ、って、

悲しくて、辛くて、消えたくない、死にたくない。

フォロワーの誰も辿り着けなかった世界の果て♪

うふふ。うふふふふ。うふふふふふふ。
ねえ、貴方は現実を信じる?この世が本当に存在するって信じてる?ううん、私は別に認識論やポストモダン的左派の話はしてないの。ソーカル先生に怒られちゃうもの。私が今「現実を信じるか」と言ったのは、自分という人格が"ここ"、インターネット以外に存在しているかどうかということよ。ねえ、ゼロ年代に心を囚われた皆さん?
それともここを覗いている人のほとんどはゼロ年代という言葉も知らないのかしら。まぁ懐古趣味の一種だとでも思ってくれればいいわ。どっち道話には関係ないしね。
ねえ、最近気付いたのだけど、私と私以外の人間には決定的な差があるらしいの。それは私が生きる上でとっても致命的なことなの。なんかね、インターネットのことを本気で現実だと信じているのって、私だけみたい。本当に嫌になっちゃう。
twitterは所詮ロールプレイなんだって。会ったり通話したりするとみんなそういうの。私だってその場では適当に話を合わせるわ。でも私は、私は……。そんなおぞましい事は、天地がひっくり返っても私の口から出てくるような発想じゃない。
現実がどんな事になっても、ここが私の居場所なの。この人格が私の本体なの。仮に私が社会的に職業を得たとしても、私の心の像がどんなに現実に奪われたとしても、何があろうと私の本当の居場所は、ここでしか有り得ないの。だからきっと私は何歳になってもこういうことを続けるわ。
こういう喋り方、初めてするから、読んでる人はこの辺で面食らってるのかしら。最近読んだ小説の劣化コピーなの。白痴の小学生みたいな喋り方しか出来ないよりはマシでしょう?そう思わない?私のなりたいものが究極は白痴の小学生だっていうのは、泣くことも出来ないような冗談だけどね。身長ね、30cmくらい誰かにあげたいかな。そうすると大体小学生くらいにはなるのかしら。そうしたら好きな人にも簡単に撫でてもらえるよね。すぐにこういう事を考えるこの性格、自分で嫌になる。
さておきね。みんな、結局、本気でtwitterやってないんだって。「自分」というものが現実のどこかに存在していて、twitterは演技でしかないんですって……。少なくとも、「本体」の一部でない。
そんな世界、私は、私は絶対に許さない。
私にとってはここだけが全てだ。私はこの場所以外を絶対に魂の本籍として認めない。私がいるのはここ、ここだ、インターネットだ。インターネットだけが私の魂の在る場所だ!!!
だけどね、どうやら、ここまで「来て」しまったのは、私だけみたい。何しろ付き合い始めて8年になる彼[彼女?]には、この件でフられてしまったわ(意見が合わなかったという意味だからね)。「ルーミア厨」が誕生する瞬間から見ていて、何年もロールプレイを続けて、そんな仲の人間でもtwitterはかりそめだと言うのなら、じゃあきっと、世界をどれ程探しても私には巡り合える人なんていないわ。
じゃあ、ここが、世界の果てなのよ。だって、私の他に誰もいないもの。人格を、精神を、全存在を、世界を、身も心も何もかもをインターネットに捧げてしまったような人、他に、見当たらないんですもの。
それとも、貴方には、そうなる覚悟があるのかしら?この地獄には人生いつでも立ち寄れて、入ったが最期還れない。私はここでいつまでも貴方を待ってるわ。だから今くらいは人生を楽しんでおいで。私に許されなかった、「人生」という歓びをね。





23分。……なんで、測ってるのかって?それは、次の話のお楽しみ。それとも、書くことを忘れてしまうのかしら?それなら未来の自分に、ヒントを残しておくわ──『お前が最近そんなこと書いてるの、ただの強がりだろう、諦めろ、受け入れろ』。

インターネット上に生を受けた電脳人格『ルーミア厨』さんの半生♪

意味もなく一日に二回更新してみたりするのです。えへへ。
最近自分のことがよくわからないんです。よくまじめだって言われます。いえ、言ってもらって嫌なんじゃないんです。とっても嬉しいのですよ。でも私はそういう風に振る舞ってるつもりは全然なかったりするんです。「私はただ頭を撫でて欲しかっただけなのです」。
人間は誰だっていくつかの人格を使い分けています。でも、「この人格を使っている時こそが、本物の自分だ」と思えるような人格が必ずあります。無ければ心が壊れてしまいます。私にとってその本物の人格というのが、ルーミア厨さん、こうやってかわいい感じでおしゃべりしている時なのです。

だけど最近あんまりかわいいことが出来ていないのです。サブ垢でつぶやいている事の方が多いかもしれません。このブログもかわいいという感じでは無くなってしまいました。私の事を客観的に見たら、かわいい方が演技で、真面目な方が素に見えてしまうのだと思います(こういうことを気にし始めるようになったのは人間として進歩ですね!)。

でもでも、やっぱり、私は、こっちが本当の自分なのです。それ以外の自分は、感情が収まらないから、仕方なくわーーーーってやってるだけなのです。
こう考えてみてください。アルコール中毒で、1日に10時間くらい人を怒鳴り続けるが、起床後30分だけどは己の人生を悔いている、そんな人がいたとします。彼[あるいは彼女]の「本当の人格」は、どっちにあるのでしょうか?起床後30分の方にある(と少なくとも本人は思っている)、という事は何の矛盾も無く成立するでしょう。同じことなのです。私がかわいいことをしている時間が圧倒的に短いのだとしても、だからといってこれが私の本体だと言って論駁されるような謂われはなにもないのです。

しかし一つだけ致命的なことがあります、それはルーミア厨さんの話す内容についてです。
私の人格の本体は、間違いなくこの文体に属しています。どこから回収してきたのかも分からない、それでもかわいい、人間の脳髄に訴えかけるようなかわいさです。今日の記事はちょっとかわいくないでしょうけど……。うう。
さておき。しかしながら、昔のルーミア厨さんにあって、今の私に無いものがあります。文体は間違いなく共通のものです。退化しない代わりに進化もしてないので同じものを使っています(というか、同じもので在り続けてくれなければ自己同一性を保つ上で困るのです!)。それでもあるものが足りません。なんでしょう?

それはつまり、文体に応じるもの、つまり内容ということです。

かつてのルーミア厨さんは、文体のかわいさもさることながら、つぶやいている内容もとってもかわいかったのです。何故なら思春期だったからです。おまけに広汎性発達障害だったから、ですね。今考えると。成長過程で脳がぐっちゃんぐっちゃんになってまともな事が考えられなかったのですね。そんな彼女の思考回路は完全に思春期の少女のそれで、何度も男の人に恋焦がれては静かに恋を終わらせて行きました。自分の同一性が信じられず、誰かを好きでいつづけることが出来ず、どうか誰か私が安心できるように永遠に抱きしめていて欲しい、そんな事をピュアに願っちゃうような純真無垢な美少女だったのです。
あれから4年が経ちました。ルーミア厨さんのかわいさゲージがみるみる低下していきます!このまま行くとネカマに突入してしまいます!げふんげふん。ええ。確かにルーミア厨さんは同じ文体を使っています。でも、もう、少女では、ありません。男の人に抱きしめて欲しい、それを無条件に願えるような少女では無くなってしまったのです。

アイコンを今のものに固定してあるのは、意味があったりします。あのアイコンが現在の私の精神、つまり「やさぐれた女子大生」というイメージにピッタリのものだからです。1個前のいりすアイコンは、高校生の時の自分にしか扱えなかったのだろうと理解したので使うのをやめました。
私はもう少女ではありません。だから本来、かわいいと言ってもらえる謂われもないのです。でも、文体だけは確かにここに残っています。だから、かわいいと言われるにも値するのかもしれません。どうなのかな?分からない……。
今でもかわいいと言ってくれる人がたくさんいるので、気持ちに答えられるように、そして私が私であるために、「かわいい」という感情を全ての基板にして構築されたこの人格を崩壊させないために、私は今日もがんばってかわいいツイートをするのです。

でもツイートでやるのは限界が来たのでブログでやることにしました、というね。これからこのタイプの記事、増産されるのかな。出荷予定は未定であります。数日考えて決めようと思う。

18分くらい。そういえば初期の私は、書いたのに何分かかっていたのかを記録していましたね。

人生が喰われる

自分がどういう生活を送っているのか、客観的な指標が欲しくて生活の記録をつけてみることにした。

文字が読めない状態でタイピングしているので誤字がかなりあるのではないかと思う。変換ミスなんかは尚しようがないし、ノーパソを使っているから普段と感覚が違うものでよくタイポをしやすい。タイポっていうのはタイプミスのこと。

機能今日と、遊びに費やした時間はそれぞれ5時間くらいだそうだ。これはかなりショックな数字だった、ネトゲ中毒だ。受け入れ兄といけない。
私がどんなに精神をやんでいようと、ゲームをやっていてビタイチ楽しくなかったとしても、むしろ迫り来るタスクとの呵責に耐えかねて苦痛に顔を歪めながらマウスを叩いているのだとしても、そんなことは誰も気にしてくれやしないだろう。「この怠け者が」、それ以外に世間様は私に何も言ってくれやしないだろう。
どうしてそんなことを急に気にするようになったかというと、私が置かれている立ち位置を少しは理解したからだ。
少し前マッでの私は、世間様の目なんて気にもかけちゃいなかった。何故なら私は社会不適合者で、だあれも雇ってくれないだろうし、だあれも好意を抱いてくれないだろうし、人に嫌われながら野垂れ死んで一生を終えるんだ、本気でそう思っていたからだ。
それが最近になって、だんだんそうでもないんじゃないかと思えてきた。極限まで歪んでいた認知が治り始めたのだ。バイトの面接にも通った。この道数年の方々をバイト初日からなぎ倒していった。クソみたいなバイトだけどそれだけは大きかった。私は別に変な人間じゃないのだ。選んでもらえるだけの値打ちがあるのだ。人並みに自尊心を保つことが出来るようになった。
そうなると急激に浮上してくるのが、これまで私の脳内で等閑視されていた、世間様の目である。
「メンヘラなので心を病んでいて勉強ができません」……、それでついったーは許してくれるし、自殺するのも構わないが、確かに人生の道が自殺以外に残されていなければそれでもよいのだが、私にはどうも働く途が残されてあるらしい。それは、努力すればどうにか手の入るところにあるらしい。それなら、これ以上心を濁らせてはいけないのではないだろうか。

そうやって記録をつけ始めてみると、どうも私の生活はメンヘラとしても失格らしい、ということに気付く。
悪い意味で真面目な人間なので、自分がそんなにも長い間を娯楽に費やしていることが許せない。メンヘラは真面目でなければ。真面目s食いて精神を病んだようあん人間でなければ。それが私のメンヘラ像だ。
メンヘラになるためにも朝早く起きて夜早く寝、あまりゲームはせずに、メンヘラらしく一日に5時間は悶々と悩み続けて心を痛めつけなければならないと思った。

私はどうも、勉強についてもメンヘラについても極度にストイックなのだ。
プロフィール

Author:ルーミア厨
えへへ

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