勝利の無い戦い

死にたくないのと丁度この前思ったことが似てるなぁと思ったので鬱をやり過ごすために日記でもつけることにします。それも内容の最低な。

オウムのなんかまた新しい裁判が始まりました。私は常識に疎いのでもう最新の被告人の名前すら覚えてません。ただまあ新聞で何回もやってるのでなんか裁判始まったんだなぁ程度の感じです。
それでなんか被害者の会が被告の一人に初めて直接質問する機会を得たとかなんとかで。

ああもうなんかひどいですね。書き直す気力もない。同じ文を意味もなく二回書いたり。ああもうでもしかたない。そんなこと気にしていられるような精神状態じゃない。とても。

というかこれ今から私ひっでえこと書くんだろうなぁと思うし万が一にもオウムの被害者遺族/家族の人とかいたらごめんね。あるいは遺族/家族が友人にいる人とか。でもこんなところ見てるくらいだから多分私がいうことは理解くらいはしてもらえると思うよ。

被害者の会の質問でね、「謝罪の言葉はいつになったら聞けるのか」っていうのがあったの。他にもいっぱい質問したんだとは思うんだけどね、うちの読売は「謝罪の言葉 いつ」みたいな感じで記事の見出しに使ってた。
それ見た瞬間に、反射的に「は?」って思った。自分の中の何かが急速に傾くのを感じた。ああ、自分もう、この事件について多分被害者の方に一生同情出来なくなってどっちかっていうと加害者の肩持つようになるんだろうなっていうすっげえ嫌な感じがした。でもその心の動きは自分でもう止められないのも分かってた。
そういう質問する感覚が、全っっっっっっっっっ然理解できなかった。根本的にわかんない。だって家族殺されてるんだよ?家族が殺されてるのに謝罪の言葉って何?え?は?全然わかんない。この人達馬鹿なんだろうかって思った。というか脳が急速にこいつら馬鹿だ判定を下してみるみる評価を下げていくので自分で辛かった。
それに対してナントカ被告は「今は申し上げられない」って答えてた気がするけど、その人が本当に何を考えてたのかが私には分かるよ。多分同じことを考えていた。「謝罪って、家族死んでるのに、20年も経って初めて質問の場が出来たっていうのに、こんな質問しか出来ないなんてこいつら本当に馬鹿か何かなんじゃないか、少なくとも知性を持ったヒトじゃないな」みたいなこと思ってたと思う。絶対に。ついでに「こんな馬鹿なんて生きてても死んでても変わらないんじゃないか」って。
人に対して謝罪を要求するっていうのがもう根本的に理解出来ない。分からない。ましてや人が死んでるのにそんな事を先にするというのが分からない。この人達どんな世界に生きてるんだろう。悪いことをしたら謝る?ごめん全然わっかんない。私には。私には分からない。伝わるかどうか分からないけど、みんなで仲良く一つのクラスで頑張りましょうみたいな学校っていうゴミのような空間に生きてる人と同じ感じがする。道徳の中に生きているというか。多分伝わらない。
殺せば、って思うの。私は。憎いのなら殺せばいいんじゃないか、って。何で殺さないんだろう。何殺しもしないで謝ってくれとか言ってるんだろう。分からない。殺せばいいのに。無言で。黙って。相手の心を要求しないで。ただ拳銃か包丁を持ち込んで、あるいはボールペンでも何でも如何なる方法でも良いからその質問席から乗り込んで誰かが止めるより前に素早く眼球に釘を打ち込んで脳髄を砕いて殺せば良かった。
この被害者の人達と私はなんか違う世界観に住んでるんだろうな、って思うしか無かった。別にこの被害者の会がおかしいのではなくて、そもそも私は普通の人とは違う世界観に住んでるんだから、数を十分多く取るだけでその内の殆どとは生き方が合わない。
どっちかっていうと死刑になるのが分かっていても宗教上の理由で人を大量に殺害する心理のほうがまだ理解できる。私は既に別の形で殉教を決めた人間だから。
そんなに何か強い目的があるならその達成のために人生を棒に振ればいいのに。それだけでいいのに。質問席から被告を撃てば良かったのに。殺せば良かったのに。一生自分はムショ暮らしかもしれないけど復讐は果たせるじゃないですか。良いじゃん、終身刑だって死刑だって。万々歳じゃん。
「なんでこいつ自分を刺しにも来ないで謝罪なんか要求してるんだろう。わけわかんない。多分同じ人間じゃないな」、きっとそんな感じ。多分被害者をゴミか何かのように見ている。少なくとも同じ人間だと思っていない。同じ人間だと思っていないからそこに情は無い。人の言葉を話す動物か何かのようにしか思っていない。動物相手に情は動かない。謝罪をする、しない、以前に、お前らは感情がどうこうする対象ではない。
だからこの戦いには被害者には勝ちが絶対にない。今回の質問で勝ちを決定的に失った。謝罪は無い。自分達で自分達を人間では無くしてしまったから。
あと多分、加害者達の心からは、とっくの昔に、この件について、謝るっていう操作が消えてると思う。少なくとも私が何かを犠牲にする時はそう。自分の行動が、誰かに迷惑をかける事が分かっていて、しかも自分自身がひどく不利益を被ることだって分かっていても、主義のために、信念のために、あるいは宗教のために、とにかくやらなければならない、そういう決意を伴った行動って、その後何が起こっても謝るとかそういう類の感情は湧いてこないのだと思う。そんなくだらない感情を生涯思いつかなくなるような覚悟のもとでしか自らの人生を棒に振ることは出来ないと思う。
私は大学に居残れなかったら自殺するか生活保護でも受けようかと思ってる。でも親はどうも私には稼げるようになって欲しいらしい。普通の人生を過ごして欲しいらしい。世間体だってあるし。最近「大学院を出たら働けるんだよね……?」って不安そうに聞かれることが多いよ。親がこの手の問題について無知なのを利用して適当にお茶を濁しているけど、ポストは減る一方だし働ける可能性なんて限りなく低いしほとんどゼロだよ、ぶっちゃけ知らせてないだけで極めて重度のうつ状態にあるしもう一生働けない体だよ、というか多分自殺するよ、でも私はそれを最後までひた隠しにして最大限家族に迷惑かけて死ぬわ、そう決めたし家族がどんなに悲しもうと知らないしいくら財産を食い潰そうと知らないしもうなんか色々どうでもいいわ。疲れた。人の心配するのに疲れた。自分が明日自殺するかもしれないのに考えてる暇無いわ。それで家族がどんだけ悲しむとかそんな事もうどうでもいいわ。知らないわ。迷惑なんて知らないわ。知ったこっちゃないんだよそんなこと。
きっと極度に追い込まれていないとこの国で宗教になんてハマったりしないだろうしましてや人を殺したりなんて出来ないよ。その人達の心の中には自分のした行動について謝るとか責任を取るとか迷惑だとかそういう観念とっくの昔に消えてるよ。というか消えてないと殉教なんて出来ないんだよ殉教なんてのは。殉教した時点でもう人間として終わってる。違う地平にいる。そんな人間の形しただけの機械に人間と同じ感情を求めた時点で負け。謝罪とかいう感情なんてとっくの昔に存在してすらいない。勝てないどころか勝利条件が存在しない。

ついでにいうと私は自分のために誰かが何千人犠牲になろうと知ったこっちゃないけど誰かのために自分が犠牲になるのだけは死んでも嫌です。自分勝手だけどそれで正しいと思っています。今のところ他人の犠牲になった事は無いので困っていません。もし私の事を犠牲にする誰かが今後の人生で目の前に現れたら嫌だなぁと思いながら黙って死ぬんだと思います。

魔女と帽子のワルツ

https://www.youtube.com/watch?v=MjPNGtAXuYY

死ぬほど素晴らしいお話だったのでストーリーをメモ。以下全部ネタバレ。いわゆる解釈(藁)とか考察(核爆)的な。

[推測される病気の症状]
①顔から綿が噴き出し(0:49, 4:20)、末期では体が人形になって死ぬ(2:50)
②魅入られたように魔女の館に向かう(0:49)

[推測される事の顛末]
町に奇病が流行る。実はこの病気は曲の最後に唐突に現れる人形達が撒いているもの。
奇病に罹った患者は誰も彼も魅入られたように魔女の館がある森に向かう(0:49)。このため、村人は病気をばら撒いているのが魔女の仕業だと勘違いして、魔女狩りを決行する。この時、1:46に"uns deux trois..."という歌詞が流れた時点で既に全員感染している(後述)。
その折、奇病に罹った患者の一人が魔女の館に駆け込み(2:19)、魔女はどうにか治療してやろうとする(2:22)。
町の人々は帽子の男を先頭に魔女の館に雪崩れ込む。2:30で黒幕の人形達が爆笑しているのがチラッと映る(何で爆笑しているかは後述)。
館の中には、かつての町の人々と思わしき人形が大量にガラスケースに飾ってある。患者が全員魔女の館に駆け込んだ後で末期症状を起こして人形になるので、魔女の館には奇病患者の死体が自動的に大量に溜まっていく格好に……。
人形を見た町の人々は魔女こそが奇病の元凶に違いないという思いをますます強めていく。魔女のいる部屋の扉を開けると丁度魔女が先ほどの患者を治療しようとしていたところだったが、町の人々はまさに手をかけようとしているところだと勘違いし、大虐殺を始める。
魔女の部下が皆殺しにされたところで魔女が発狂。帽子の男一人を残して人間は全員殺される。
何故帽子の男だけ殺されなかったのか?
動画の説明文(「意図せず生まれた秘め事は、やがて芽吹く災厄の種」)と、1:30の歌詞(「煮える釜の奥底 溢れだす秘め事にも似た感情」)から、どうも帽子の男と魔女の間には昔何かあったっぽい。そのせいで魔女が帽子の男だけは殺さないでおいたっぽい。探したら色々設定があるのかも?
帽子の男は激情に身を任せて魔女を刺し殺す(3:38)。かつての恋人を殺した帽子の男は死体と踊り(3:47)、墓の前で悲嘆に暮れる(4:13)。この悲嘆に暮れる顔、「町の人がみんな死んじゃってちょー悲しい」という表情にはとてもじゃないが見えない。恋人を殺して埋めた顔だ、これは。
魔女を殺して奇病騒動も収まるかと思いきや、"sept huit neuf..."という歌詞と共に墓の前の男の顔から綿が吹き出して倒れる(4:20)。黒幕の人形達が現れて狂喜乱舞しながら病原体と思わしき綿を撒き続ける。病気を撒いていたのはこいつらでした。END。
何か特定の目的があって病原体をばら撒いたというよりは、単に人の心を弄んで爆笑したかっただけだと思われる。(特に恋人を殺した帽子の男の……。)

[1:46の時計]
4:20で男が顔から綿を吹き出して倒れる時に流れる歌詞が"sept huit neuf..."(フランス語で7, 8, 9)。この時、時計が7時・8時・9時を指す演出が挿入される。
ところで人々が魔女狩りに繰り出す前の1:46でも"uns deux trois..."(フランス語で1, 2, 3)という歌詞と共に同じ時計が現れ、1時・2時・3時を指す。
どうもこの時計、病気の症状の進行具合を指すっぽい。(恐らく12時には完全な人形に……)
そうだとすると、魔女狩りを決行した1:46時点で村人は全員病気に罹っている。
ところでこの奇病に罹った人間は魅入られたように魔女の館に向かうのだった。
ということは、村人たちが魔女の館に向かったのも、実は純粋な自分達の意志ではなく、既に行動を一部操られていて……。そして2:30にはそれを見た人形が爆笑して……。
深読みし過ぎかしらん。
人形達は単に猜疑心を弄ぶのが目的だったっぽいので、そういうアレではなさそうですね。

[計算通り]
病気の症状に①と②だけあれば、後は人形達が自分で何もしなくても、自動的に町の人々は勘違いし、自動的に魔女の館に雪崩れ込み、自動的に殺され、そして魔女と恋人である帽子の男だけが自動的に生き残り、自動的に帽子の男が恋人をぶっ殺し、自動的に帽子の男が病気で死ぬ。最初から最後まで全部機械じかけ。計算通り(あの画像)。人形達は自分達で一切手を下すことなく人間の心だけを利用しての皆殺しに大成功。自分らってほんとあったまいいー。やったね。END。
本当にひっどい、救いようのない話。大好き。

小康

ここ数日、そこそこ平和です。鬱の一番重い所を抜けました。まあ、毎度のことです。どうせパターン通りです。
私はあまりに聡い中学生だったので、最初に鬱に陥ってから1年が経った頃、自分の発狂した日をkakikomi.txtを基に調べ上げ始めます。結果、自分の発狂はどうもピッタリ3ヶ月周期で起こっているらしい、という事を発見します。本当に聡い子供ですね!
それからどんどん症状が重くなっていって今では3ヶ月周期どころか1日の間に何度も躁転したり鬱に落ちたりを繰り返しております。
でも、そういう短期的な気分の変化とは別に、やっぱり長期的な周期が私にはあるらしい、というのは割とはっきりしています。1~2ヶ月に一回くらいの割合で、もう本当になんて言えばいいのか全然わからないんですが、世界が灰色にしか見えないというか、自殺しか考えられないというか、そういう時が来ます。
そこを抜けると、しばらく落ち着きます。心が、視界が、クリアーになります。良くも悪くも普通の人間になります。(普通の人間には自由意志があるのでここ数日かなりだらだらしています。)
怠惰ですが、脳から不幸物質が無限に分泌されることがないので、そこそこ幸せです。

それにしてもこの1~2ヶ月おきに周期的に鬱が来るっていうの何なんでしょうね。よく分からないですね。いやそれいわゆる普通の双極性障害なのでは。なのでは?。でもお医者さんに言ってもあんまり特に反応されなかったから私個人の問題なのかな。ううん。分かんない。まあ私はなまじっか元気だし話しぶりが聡いのであんまり病気だと思ってもらえないんですよね。病気を見逃されてる可能性とか普通にあるんですよね。辛いですね。どこの医者にかかっても同じだったのでもう諦めてます。私は何の病気にも見えないんだそうです。実際はこんな状態なのにね。

割とどうでもいい話

人がどうでもいい話とかいう前置きをする時はたいていどうでもよくない話をする時です。

こんな人間でもやっぱり人の子だからWeb拍手とか押されるとやっぱり喜んでしまいます。たまには押してあげてね。みんなでWeb拍手を押して私のうつ病を治そう!みんなでワイワイWeb拍手なう!

それにしてもWeb拍手ですってよWeb拍手。いつの時代だよ。本当にいつの時代を生きてるんだ私は。

不幸の背景は幸福

「人間は、自分が幸福な分だけしか不幸になれない。

何故なら、幸福の量を不幸が上回ってしまうとその人は自殺してしまうから。」

ンッンー、我ながら慧眼だなこれは。

自分が屁理屈をこねくり回した中ではここのところでかなり好きな部類に入るかもしれない。

しかし、翻ってね。

もし人間が幸福の分しか不幸になれないのだとしたら、世界で誰より不幸な脳の保有者である私は、同時に世界で一番幸せな人間ということになるのかな。

いや、幸福なだけの人間は青天井幸福を得られるのだから、彼らは計算の対象に入らないから、私が幸福の最大値とは限らない。しかしこの世に存在する不幸な人間の中では最も幸福で、かつ最も不幸なのかな。

世界というのは気の狂ったシステムで動いているのですね。
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