うつ病患者と眠れない夜

真っ暗な部屋の中
唯時間だけが過ぎる
其処には不幸も幸福も無い
かつて嵐のように降り注いでいた不幸
解放された私の瞼に映るのは
吸い込まれるような闇と広漠に漂う虚無だけ
何も感じない
悲しみも歓びも無い
絶望だけがこの世に視たものの全てだった
それすら取り払われれば世界には何も残らない
眠ることも叶わず起き上がり
かといってする事も無く吸い込まれるような闇を見る
幻聴のような音楽をバックにぼんやり時を貪りながら
何の想いも無い世界の中をふと死が一閃横切るのを見る
死にたくない、死にたくない、死にたくない
生きていたからといって特にすることがあるわけでもないのに
あと世界を何回か回ったらその本能すら消え失せるのだろうか

SFの設定のようなもの

 カツ、カツ、カツ、と私は音を鳴らして歩く。配給会場に続く道の脇にはダンボールで出来たボロボロの家が無数に並ぶ。それだけでもこれは随分貧相な景色だろうが、辺りが薄暗いせいで一層景色が陰鬱に見える。私が見上げれば太陽も月もそこには無く、灰色の天井だけがぼんやりと浮かんでいる。そもそもそれが灰色なのか、あるいは天井なのかすら定かではなかった。ダンボールの家から漏れる明かりはあまりに小さく、地表が照らされる事は決してない。ここは地下50メートル。私が生まれたのはイカれた研究者達が秘密裏に建設した巨大な実験場だった。

 私は食料を受け取った後、私は自分の家の前に立ち、私はそれをじっと見つめた。だだっ広い空間がダンボールを立てて区切られただけ。雨が降らないので屋根もついていない。中の人間が外から見られないためだけの、せいぜい視線の遮断装置としてしか機能していないものがそれだった。

 やはりダンボールが置かれただけのテーブルの上に、私はスープを三つ並べる。一つは私に、一つは母に、もう一つはそろそろ帰ってくる父に。母が電球に光を灯すと、皺の深く刻まれた顔が闇に浮かんだ。私達は食事を始める。

「ねえ、お母さん」

 私はいつものように母に尋ねた。

「私達はなんでこんなところにいるの?」

 私がそう言うと、いつものように母は眉間にしわを寄せた。
 幾分ムスっとした表情で母が答える。

「だから、それを言うなら、『なんで私達はこんなところにいるの?』、だろう」

 私が質問したのは、別に私が答えを知りたいからではなかった。母は言葉にうるさいから、私がこれを言えば母は絶対に言い返してくれる。娯楽も何もないこの地下実験場で、陰鬱な気分が吹き飛ばされるには軽い口喧嘩くらいしか方法が無いのだ。

「それ、私、全然分かんないよ。『私達なんでこんなところにいるの』、『なんで私達こんなところにいるの』、それって同じじゃない」
「全然違うよ。『私達なんでこんなところにいるの』なんて変な言い回しがあるもんか。あんたは私の子だってのにそんな事も分からないのかい」
「だって、私、分からないんだもの。私、ずーっと考えてみたけど、その言い方のどこが変なのか、私分からないの」
「あのねえ、そんな事言うんならねえ、お前の喋り方だってね、私に言わせりゃ幾分くどいんだよ」
「お母さんは私の喋り方の何がくどいっていうの?」
「『私の喋り方の何がお母さんはくどいっていうの?』だ、何度も何度もやってるんだからいい加減勘弁しておくれよ。何がくどいかって言われてもね、どこがって言われたらよく分からないけどね、なんだか、こう、冗長なんだよ」
「おいおい、そんなつまらない事をたがるなお前らよく何度も話し?」

 厄介なのが帰ってきたな、と私は思った。それは父だった。

「ねえ、だから、その変な喋り方、私やめてって言ってるでしょ」
「何が言うんだよお前はどこがって俺の喋り方の変だ?」
「何言ってるのか、私分かんない、意味はなんとなく伝わるけど……」
「お前らの方がしてるんだよ変な喋り方を、ば俺から見れ」

 布団に入って、私はため息をつく。一体いつまでこんな生活が続くのだろう。
 この実験場は30年くらい前に作られたらしい。こんなだだっぴろい空間を秘密裏に必要としたのは、水爆の実験をしたい物理学者でもマッドサイエンティストな生物学者でもなく、なんと日本人の言語学者だった。
 実験場の監視員が説明するところに私が拠れば、それは人間の脳に許された可能性を研究者が限界まで観察するため、らしい。
 地上に存在する言語という言語を何百年も前に奴らは研究し尽くした。それにも関わらず、理論が実証されるのに十分なデータを奴らは得ることが出来なかった。周期表に開いた穴のようなものが未だに大量に残っているのだそう。
 理論的に予測されるものの決して地上に見つからなかった空白を奴らが埋めるにはどうしたらそれが良いのだろう?奴らは実験ができない。実験には生きた人間が、しかも生まれたばかりの赤ちゃんと人が言う、研究倫理の許さない存在が、大量に必要だった。奴らは人体実験のモルモットをこの地下に隠したのだ。
 "第一世代"に行われた実験はこうだ。奴らは地上に存在する言語のありとあらゆる特徴をかき混ぜてサラダボウルにした。奴らはありもしない言語を作り上げ、奴らは合成音声で赤ちゃんに聞かせた。私の母が聞かされたのは1000年以上も前の日本語らしく、ギモンシが最初にないとそれがいけないってルールがあるらしい。それはまるで英語みたいに。でもこれはまだマシな方で、私の父が聞かされたのは単語だけが日本語で文法がドイツ語の、つまり間の子。お陰で父が何を言っているんだか誰にも分かりやそれはしない。
 成長した第一世代はこの地下に放たれ、めいめいが配偶者を探し、彼らは勝手に子供を産む。そうして産まれたのが私達"第二世代"だった。私達は両親が全然違う言葉を話すのを聞いて育つ。だけど地上の、人に言わゆる、バイリンガルと私達は違って、二つの言語の発音のされ方や単語が全て同じで、違うのは文法だけだから、どこまでが言語Aでどこからが言語Bなのかがはっきりせず、脳がグチャグチャに混乱する。その際に脳がよく分からない計算をして脳が新しい言語を一つ弾き出し、運が良ければミッシングリンクが一つ埋まる、という筋書き。それは、人が言わば、物凄い速度で大量生産されるピジンとクレオール。
 私の発話したデータを奴らが観察した結果に私が拠れば、奴らが専門用語でシュゴとか呼ぶものを、それがカンケイシでも無い限り私は省略出来ないらしかった。

私が『私』を名乗る意義

最近さあ本当辛いよ。

何が辛いかも書きたくないんだ。

でも誰かに聞いてもらわないでいるわけにもいかない。

だから酷くぼかした遠回りなやり方で書こうと思う。誰にもわからないように。

だけどそれは上手くいかないんだ。

きっと私は読んで分かるようにしか書けないのだと思う。人間は誰しもそうであるように。

ソーカルの『知の欺瞞』を読んだ後に、自分も荒唐無稽な文章を書いてみようと思ったことがある。

これがてんでだめだった。

どんなに支離滅裂な文章を書こうとしても、専門用語で埋め立ててみても、普通に意味が通ってしまうか、さもなくばせいぜい不適切なジャーゴンが踊っているか、比喩として正しいけれど使う意味が無いか、私に出来たのはそれくらいのものだった。あんな意味不明な文章を書くことは結局1行も出来なかった。

だからきっと読まれたら分かってしまうのだろうね。

だけどこんな書き方で分かる人には分かる資格があるのかもしれないから、それでもいいのかなって思う。

ねえ。

誰がなんと言おうと人間の脳の中に男性的なものや女性的なものなんて何一つ無いんだよ。少なくとも思考とか精神とか心とか呼ばれるレベルにおいては。

そこにあるのは、ただの、無数の小さなシステムの、集合体。

そして、その小さなシステムのそれぞれが、個人個人違う強さを持っていて、それが積み重なって人間の違いを生んでいる。

性別が特定の種類のシステムだけを選んで強さに影響を及ぼす事は間違いなくあるけれど、それは「男性的な思考法」とか「女性的な思考法」なんてものを生み出すレベルでは到底無い。

だから実は私が『私』という一人称を使うのはそれ自体一つの無駄みたいなものなんだ。

別に『私』なんて頑なに言う必要なんて無いんだ。精神の中に男性的なものや女性的なものなんてないから。例えば「俺」と言おうが「僕」と言おうがそんな事は何の関係も無い。私の精神は私の精神なんだ。精神に性別なんて、無い。

それでも私は『私』という一人称を、精神と全く切り離した意味でそれだけが自分のことを表せる言葉だって、確信して使ってる。一人称が何か有意味な機能を果たすことが有るとしたら。きっとそれだけだって。そしてそれは私には叶わないこと。

これ、一体どういう意味だと思う?

どれくらい辛くて苦しいことだと思う?





あなたにはきっと分からないよ。

人間には聞こえてはいけない音

なんか精神が恐ろしくも恐ろしく正常になってしまったのでせっかくなので我に返ったのを利用して何かとりとめのない話でもしようと思った。
私の頭の方の病気はいっぱい数えきれないあるんだけど、数少ない体の方の病気の話とか。
いやこれ病気なのかな。

私の耳には普通の人には聞こえない周波数の音が聞こえる、らしい。
引っ越して来てすぐの事だったのでよく覚えている。

「この工場、前を通るといっつもチョークを引っ掻いたようなものすっごい音が聞こえる……」

私が工場の前でそう言うと母は首をかしげた。どうもこの音が聞こえないらしい。こんなに耳を劈いて頭がキーンとなるような音で立っているのもやっとなのに!
というか、普通に中で社員が作業をしている。そんな馬鹿な。こんなものすごい音がする中で働いたら頭がおかしくなってしまう(なっちゃったけど)。

特に病院で検査をしたことはない。聴力検査で変なことを言われたこともない。今でも同じ工場に行くと同じように音が聞こえるからモスキート音でもない(若さはとっくに失ったから)。未だに何の音なのかよくわからない。

あと物凄く小さい音を耳が拾って聞こえ方が物凄くなることがあって。

これが原因でまわりまわって家庭内に一時期不和が出来たりしたんだけどあんまりそういう気分ではないのでここで書くのをやめた。おやすみ。

赤の女王

タイトルが赤の女王だし進化の話もしますが別に赤の女王仮説とは関係ありません。

何故人は幸せになれないのだろう。世界はこんなにも満ち足りているのに。
いや……そもそも幸せなんてものが果たしてこの世に存在するのだろうか?私には最近疑わしくなってきた。
考えても見て欲しい。ここに動物が二種類いて荒野に無数に放たれているとする。片や、少し食料を得たり配偶者を得たりする度に脳に幸せ物質が充満してそれ以上頑張らなくなってしまう種。片や、いくら望むものを手に入れても全く満ち足りず次の獲物や何かしらの達成を求めてギラギラと目を光らせて荒野を駆け巡る種。生き残るのはどちらなのだろう?……
何十万年にも渡る自然淘汰を見事にも勝ち抜いてきた私達ヒトという種の頭の中に……「ああ、もう満足した、これ以上いらない、しあわせ」なんて感覚……本当に埋め込まれているのだろうか?……
私達は「幸せ」という概念を知っている……きっと恐らくどんな文化にもそのような概念はある……だけどそれって生きている私達に手に入るものなのだろうか?……
きっと、一番生き残りやすいのは……幸せという概念が存在することを知っているから……それを手に入れるがために努力するものの……死ぬまでそれを手に入れることが出来ない……そんなルームランナーの上を不毛に延々走らされるような……そんな種なのではないだろうか?……
私達の頭の中には、幸福という絶対に実現され得ない概念自体だけがむごいことにも埋め込まれており……私達はそれを手に入れるために努力をする……だけどそれは絶対に手に入らない……そしてそういう風に不毛な設計をされた生き物が一番強く繁栄する……
もしも私達が本当にそう出来ていたとするなら、それはさながら赤の女王。
幸せは生きているうちには手に入らないけど死んだら何も残らない。
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