神と意思力

椅子から立って、膝をついても痛くない柔らかな布団の上へ。その場で膝立ちになって背筋をしっかりと伸ばす。両手を組んで頭の上まで高く掲げる。

礼拝を始めた。

私は遂におかしくなったんでしょうか。別にそんなことない。形をきちんとして祈れば効果があるらしいです。ご利益とかではなくて意思が強くなる。

『どうしてひざまずいて祈るのか?それはうまくいくからだ。簡単な話だ』──無神論射なのに、神に祈るようになってからアルコールをやめられるようになったエリック・クラプトン。

私はエリック・クラプトンという名前を知らないんだけど。

始めてみるとこれが結構難しい。たった5分間でも目を瞑って神様のことを考え続けているのって大変です。毎日隙を見て祈ろう。


少し読み進めたら効果を出すには最終的には帰依する必要があって、無神論者が無神論者のまま形だけ真似てもやっぱりあんまり効果無いらしい。残念。
同じ効果を出すには独自の神聖な価値観を持つのがいいらしい。現実的には社会貢献とか。この方法はちょっと向いてない。

そしてエリック・クラプトンは無神論者ではなくて、はじめ無神論者だったのは同じ章で紹介されたメアリー・カーの方だ(やっぱり私はこの名前も知らない)。

最近私がインターネットで喋る時の言い方の棘がひどい。昨日の日記を自分で見返してそう思った。
こんなに口を荒げたつもりなんてなかったのに。見ていて嫌な気分になるような事を言いたかったわけじゃないのに。
昨日の日記は眠剤を飲まないで素の状態で書いた。冷静だった。母の常識にちょっとびっくりしてただけで、別にそこまで恨みや怒りがあったわけじゃなかった。それなのに寝て起きて読み返すと驚愕するくらいヘイトに溢れていた。正直自分で引いた。
別に昨日に限った話じゃない。実際の心理状態と書き方が相当ズレてると思うようになったのは数カ月前からだ。自分では平静に書いたつもりの日記が、恨みや怒りやヘイトの方向に向かって無茶苦茶にズレている。
どんどん自分が邪悪に見えるようになっていく。つらすぎる。でもどうしたら良いのか本当にわからない。

リアルと真逆の世界に産み落とされて死ぬまでその中で生きる人

天地がひっくり返ったような衝撃的な価値観を知ってしまってマジで愕然としてる。
母のパート先の愚痴から物凄い世界の存在を垣間見た。

「仕事から手を抜いたり、真面目に働かない人が多い。信じられない。働かせていただいているという意識が無いのかと思う。仕事から手を抜くなんて、家にお金があって生活困ったことのない人が多いんだろう

マジで「!!!!!!!!??????????wwwwwwwwww」ってなった。

時給900円のアルバイトを「仕事」と呼び、仕事から手を抜くのは有り得ないと言い、仕事で楽をしようとするなんて生活に困っていない人間のやることだという……。ただのアルバイトなのに、時給は1円も変わらないのに……。自己実現のための道楽でパートをしているとこんな物凄い事を考えるようになるのかと思う。
現実はまるで逆だ。生活が苦しければ苦しいほど(というか、別に生活が苦しくなくても)、少ない労力で出来るだけ長い時間働くことを考える必要がある。そして労働で憔悴しきった後に残されたほんの僅かな精神力と時間で自分が人生で本当に大切だと思っている事を必死にやるのだ。それが正しい人間の生き方だ。
それなのに母は時給900円そこらのアルバイトにマジになって、手を抜いたり真面目に働かないのを許せないと言って、自分は生活が苦しいから(時給900円の)仕事に真剣に精力を傾けているのであり、かたや彼ら大学生は家が裕福で甘やかされて育ったから適当に仕事をしているのだという……。

「ジコジツゲン」。「老害」。「バブル」。「節約は金持ちの道楽」。色んなワードが頭をぐるぐると巡る。混乱している。なんだこれは。

一番信じられないのはうちの家を「生活が苦しい」と表現することだ。子供が2人いて、2人とも私立の(ゴミのような)中高に通わせて、塾や予備校に行かせて、片方は既に大学も出してやって、それでいて生活を切り詰めたことは一度もない。それどころか「これは自分への投資」とか言ってそこそこ高額な出費をしょっちゅうする。母は今でも60分8600円のカウンセラーに通っているはずだ。「生活が苦しい」?「だから真面目に働いている」?ふざけているのか? ……。

何故こんなゴミのような人間が何不自由なく好き放題のうのうと暮らせるのだろう。父の金を好きにしているのだろう。うちはどう考えても無茶苦茶に恵まれている。それなのに「生活が苦しい」なんてのたまって、「(時給900円の)仕事から手を抜くなんて家にお金のある人間のすること」等と抜かすのだ。考え方が完全にジコジツゲンくらいしかやることの無い裕福な人間のそれなのに、自分では経済的に苦しく生きていると思っている。信じられない。信じられない……。

母について新しい事実を一つ知る度に衝撃で脳天をぶん殴られるような気分になる。負の感情が群をなして追い打ちに続く。自分が他ならぬこの母親の子供であることや、自分が結局アルバイトもろくに出来ないし正社員にもなれそうになく独り立ちしないで家に文句をつけてばっかりのゴミみたいな人間であることや、自分以上にゴミみたいな人間の母親が単に父と結婚しただけで社会的に何の負い目も持たないで一生安心して暮らせることや、結局自分も母と同じ家に生まれて同じように生き様がダメになっている事や、辛い気持ちが一気に押し寄せてきて自殺したくなる。そして自殺する勇気も無い。甘やかされて育ったから。

辛い。

意志力

 「実際問題として」ディプレッション大学ノイローゼ学部自責の念研究科のアオキ・ミアー教授は言う。「たったの3章読んだだけで生活がとても円滑になったにも関わらず、それ以上続きを求めようとしなかったのは、ちょうどその日あたりを境にして生活が非常に幸せになってしまったからなのです。病気でもないのに無理をして処方箋を読むよりは、幸せそうにしているところを見せることが一番の恩返しだと考えていました。もっとも、それはあくまで当時の話ですが」ミアー氏はがっくりと肩を落とした。「あれから1ヶ月が経ち、人生の方針が再び露頭に迷ってしまいました。苦悩と焦燥で脳の機能が全体的にだめになっています。意志力と決定力もその例に漏れません。私は今や何も決定ができない。例えば目の前に小説が2冊あったとして、どちらを読むか迷っているだけで日が暮れてしまう。そういう状態なのです」
 彼女と彼女の同僚エヴァが記録したノートによれば、被験者は何を選択しても自責の念に駆られ、結局1日中何もしない事を選んでしまうのだという。主な時間の使い道はネットサーフィンとクリッカーゲーム。適度につまらないおかげで好きな事をしているという感じがせず、自責の念から逃れられるため一日中やってしまうのだそうだ。
 「しかし私は、こんな生活はもう一日足りとも御免ですね」ミアー氏は首を上げた。「今私に必要なのは、何よりもまず、何かを決定する力を回復することです。何も決定できずに一日中自責の念に駆られるのでは無くて、とにかくどれか一つを選んでそれをやることです。そのためにこの本をまた読み始めました」
 彼女は左手を伸ばして机の反対側から白い本を掴むと、こちらに表紙が見えるよう垂直に持った。真っ白な表紙に金色の歯車が大きく輝き、その中に「WILLPOWER 意志力の科学」というタイトルが印字されている。本を持ち直した彼女はパラパラとページを送って目を細めた。「本当に素晴らしいものです。この本が非常時にいつでも使える状態にあってとても幸運だったと思います。というのも、いったん精神状態が悪化してしまうと、本を買って新しく何かを始める気分にはあまりなれないからです。もし先月プレゼントしてくださっていなかったら、今この本は私の手元になく、精神状態がもっとひどいことになっていたに違いありません。あるいは、大切な人からのプレゼントでなかったら買っても読んでいなかった可能性が非常に高く、この本の素晴らしさに死ぬまで気付くことが出来なかったかもしれません。全てがプレゼントにいただいたおかげなんです。私は、どうか頑張って元気になります。本当にありがとうございます。」

平衡

凄くまずい状態になっています。ハメ手を食らったような感じがします。
2日前まで精神状態は最高そのものでした。勉強も小説もゲームも楽しい。その事自身が次の日の精神の悪化の原因になる。

私が今こんな生活(※再受験)をしている理由はなんだったでしょうか?いやそもそも、なんでもともと大学院になんて行こうと思ったのでしょうか?もっと遡れば、どうして英語の先生になろうと思ったのでしょうか?
どれもこれも全部、「生きているだけで脳から臓腑を抉るような激痛が送られてくるから」、そして「この世に楽しい事なんて何もないから」でした。
でも、私が生まれてから20年以上が経って、素晴らしい人達と出会えて、私は人生で初めて、楽しめるものをたくさん見つけました。情緒不安定な頭の方も大学に行かなくなってから落ち着くようになりました。

趣味と安定した生活、それだけが生まれつき欠陥品だった私の頭を癒やしてくれるものに相違ありません。

もうだめです。私は明白に気付いています。誤魔化せません。

私の人生を救ってくれるのは勉強や研究ではありません。
そんなことではありません。

安定した生活。安定した生活。安定した生活。
もうその事以外何も考えられない。

最近は幸せです。だからその分よけい泣きそうなんです。
幸せと不幸の間を急激に行ったり来たりしています。本当に耐えられません。耐えられません。耐えられません。耐えられません。諦めれば簡単です。諦めたら良いんです。でも、でも、でも、でも、でも、でも、でも、でも、でも、

人生ってなんてクソなんでしょう。こんなにも酷い奇跡のような偶然で成り立つ不幸が他にありますか?

発達障害で小学生の時にいじめられなければ、5年生の時に不登校になって、対人恐怖症で塾に通えなくなることも無かったはずで、中学受験もできていました。
性同一性障害でなければ、中学生で(中学生で!)うつ病になる事も無かったはずです。
中学生でうつ病になっていなければ、高校生の時に英語の先生になろうと思って文系に変わることも無かったはずです。(※うつ病が見せるランダムな幻想の地獄を、当時の私は自我の不安定さからくる不安だと勘違いして、そして他人から尊敬されるために英語の先生になろうと思ったのです。)
親があんなんでなければ、中学生の時に女性になろうとすることも出来ていたはずです。そうしたら高校生の時に選択を間違えることもありませんでした。対人恐怖症がここまで悪化することもありませんでした。
この大学のこの学部でなかったら、××学を知ることはありませんでしたし、研究者になろうと思ったり今更もう一回数学や科学に興味を持ったりすることはありませんでした。つまる話が何も知らないで幸せに死ねました。
そして私があと10年早く生まれていたら、この分野が完璧にダメになるまでには私は大学院を卒業していました。

私は本当は、技術職か研究職に就けるような学部に行くべきだったのです。
ありとあらゆる偶然が綺麗に全てのありえた可能性を潰したのです。
全部脳味噌の生まれ方が悪かったです。あとほんのすこしのぐうぜんです。

安定した生活と趣味があれば創作が出来なくても何の技術も無くてもとりあえず人間は幸せです。
でもそれは寝たきりの老人にモルヒネを打って生かし続けるのと何が違うのでしょうか。
そういう生活を目指して舵を切るのは長期的には自殺するのと同じです。同じにしか見えなかったし、モルヒネを打たれたことが一度も無かったから私はあんな風に生きようとしていたんです。

しかしまあ、モルヒネっていざ打たれてみると抗しがたいくらい気持ちの良いものですね。
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