ゼロの仕事

詳しくない人には共有されていないかもしれないが、発達障害という世界では、関係者(教員・医療従事者)に厳格に共有されているドグマがある。

「『発達障害』と呼ばれているのは、能力の発達のばらつき方や速度が、『ふつう』の人よりちょっと極端なだけ。
発達は連続的だから、毎日頑張って努力すれば必ず少しずつ能力は伸びていく、普通の人間と同じように。ペースがちょっと人より遅かったりするだけ」

業界にいないと感覚が伝わらないだろうが、この教義の占める地位は神聖そのもの、偏執ぶりがちょっと異様なのだ。ありとあらゆる本の書き出しはこの内容から始まり、ありとあらゆる講義で講師は第一声に上の内容を喋り、実習先に行こうものなら朝から夜まで上の内容を実習生に実感させるためにプログラムが組まれ、レポートに「『発達障害』とレッテルを貼られた子供も普通の子供と変わらないんだなと感じました。発達は連続的で、努力すれば伸びる。それには社会のサポートが要る」と書けばそれだけでA+が来る。

何故「能力が低いんです」と率直に言えないのだろう。
それは何も悪いことではない。身体障害を考えてみたらいい。「足がありません、困っています、助けてください、バリアフリーが必要です」と言うことが、身体障害者を何か貶めることになるだろうか?ならない。「足の長さには個人差がある。世間的に『足が無い』と言われている人は、ちょっと足が人より短いだけ」なんて言い方をすることが、どれだけ遠回りで荒唐無稽なのだろうか?

そんな折に、老人ホームの老人を転落死させた例の事件があった。
私はこれを見たとき、「ああ、そうか、分かった」と思った気がした。
こういう殺人を自分が起こさないために。従事者が自分の士気を保つために。だからこのドグマが重要なのだ。

「発達は連続的だから努力すれば能力は伸ばせる、その為に社会のサポートが必要である、我々はそれに従事している」

このドグマは、当の子供たちのためにあるのではないのだ。
見殺しにされる弱者がきちんと保護を受けられるように社会を薫陶するものではないのだ。
これは、現に発達障害関係の業務に従事している人間たちの、欺瞞であり、悲鳴であり、お願いだからそう思い込ませてくれという妄想に相違ないのだ。

発達障害の教育現場でこういう話を聞いたことは、今のところ、あまり、無い。
それどころか、みんな精力的に活き活きとして見え、給料以上の仕事を働いている。

よだれをダラダラ垂れ流しながら、眼の焦点も合わず、奇声をあげて走り回っている子供がいた。あるベテランの教員が、その子供を引き止めた。何をするかと思えば、真剣に向き直り、目と目をしっかり合わせ、「こんにちは!」と挨拶して見せた。子供はきょとんとしていた。
あの教員は、あの化物に、心優しく接してやれば、いつか「挨拶」という概念が理解できるようになると、本気で信じているのだ。
だって、発達は連続的だから。0と1の間の絶対に超えられない断絶は、そこには存在しないから。
自分達がやっている事は、「眼に見えないくらい効果が小さいだけで」、「効果は絶対にゼロじゃない」。だから、仕事が無意味じゃないと思えて、世話していて手間がかかる上に醜くて気持ち悪くて吐き気がするだけじゃなくて活かしておいても何の社会の役にも立たなそうな子供たちを相手に過労死しそうなくらいの激務と精神的な疲労を抱えてそれとは見合わない安い賃金で頑張って働いて生きていられる。

これは老人ホームとは、違う。
老人ホームの仕事は、致命的にゼロだ。あれは、ゼロの仕事だ。
どんなに丁寧に世話してやったって、どうせ死ぬのが数ヶ月か数年変わるだけだ。そして、活かしておいても社会に何の役にも立たない。高尚な趣味があるわけでもなく、飯を食って糞尿を垂れ流して痛い痛いと喚きながら死ぬだけだ。
「こんな仕事に意味なんて無い」という事が、誰にだって、体で分からせられてしまう。虚しくて、辛くて、自分が若いというだけで経済的に貧しく、彼らには死ぬまで世話をしてもらえるだけの年金があること、不満や怒り悲しみが心を押し潰して、心優しい青年が暴力に塗れた化物に変わる。

それを引き起こさないために。
「この仕事は、ゼロだ」
そう従事者に思わせないために。いや、従事者本人が思わないために。
「自分の仕事は、効果がとても目に見えづらいが、それでも確かに少しずつ前に進んでいる。意味はある」
従事者にそう勘違いさせるために。従事者がそう自分に言い聞かせるために。

「発達にはそもそも個人差があります。発達障害の子供は、それが人より少しだけ遅く、またばらつきが大きいだけです。周りがサポートしてやれば必ず発達は早まります」

他ならぬ自分達の人生に意味を与えるためにこんな教義を打ち立てて、ある種の集団洗脳みたいな状態になって、みんな必死で自分の仕事は無意味じゃないって思い込もうとしているのだ。
その目線の先には、本来最も考慮されるべき対象である、子供の姿は、無い。
だから、この手の施設の仕組みというものが、どれほど従事者の自己満足にだけ都合が良いように出来ていて、当の生徒達にとっては地獄に一日中放り込まれるだけでしか無いのか、精神を病んで壁に腕や頭を打ち付けて轟音を鳴り響かせ自罰していた複数の子供たちを見ながら本当に私はゾッとしたものだった。

「やればできるんだ、がんばれ!」
そう言って従事者達は子供達に課題をやらせる。でも子供達には何一つ出来ない。連続的な発達が遅れているのではなく、断絶的に能力が欠けているからだ。
放っておいてくれた方が、良いのだ。障害者への支援金で細々と暮らして、障害ゆえの短い寿命を使い切ったほうが、本当は幸せなのだ。
それなのにやらせる。そして子どもたちは出来ない。やらせる。出来ない。やらせる。出来ない。しかもタチの悪いことに、どんなに子供が課題に失敗しても教員は"優しく""親切に"振る舞う。これが子供の良心の呵責を激化させる。教員の○○さんや××さんは僕/私にこんなに親切に丁寧に教えてくれているのに、僕/私は何百回やっても何一つ出来るようにならない。やっぱり僕/私は何も出来ないし、生きてて何の価値もない存在なんだ。死ななきゃ。死ななきゃ。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……。それで頭や腕を壁に打ち付けて自分を罰する。自分に痛みを与えようとする。10歳にもならない子供が、うつ病の私よりも激しい自責の念に晒されて本当に死のうとする。そして、そんな悲しい子供が一人や二人じゃないんだ。
この地獄が教員の自己満足でなくて何だ?

そうだね、たしかに君の仕事に意味はあるね。その仕事は老人ホームの仕事なんかより十分有意義だね。発達は連続的だからね。発達障害の学校に通ったおかげで出来る事がちょびっと多くなった子供も、まあたくさんいるのだろうね。でもそのちょびっとの対価として自分達がどれだけの地獄を偽善の下に覆い隠してきたのかは自覚されるべきだよね。老人ホームの方が虐待も暴力も激しいけど、全てが白日の下に明らかになれるだけ私はずっとマシだと思っているよ。

物語の終焉

随分日記を書いていませんでした。もう10日間も書いていませんでした。
色んなところに色んなことを書いたので、知っている人がいたりいなかったりなのですが、
今からちょうど3週間前、精神科を変えました。
それまでの精神科は、「出来るだけ薬は出さない。患者と話をして、生活の問題を改善する形で病気を改善する。どうしても必要なら、仕方なく最低限の薬を出す」という、よくある"良心的"なスタンスのところだったのですが、
4年間通って何の効果も無く、自分にはもうこれではダメなんだと思い、
とっても怖かったですが、勇気を出して、「重い薬をとにかくガンガン出す」ところに変えました。

十年余もの間私を地獄の底で蹂躙し続けていた鬱病が、数日で何もかも快方に向かいました。

これまでずっとこの日記で泣き喚いていたような、生き地獄のような辛さを感じることは、私にはもうありません。
これはとても幸せなことです。私には人生がある。幸せになる権利もあるし、方法もある。以前のような意味の無い辛さを何一つ感じないですし、何よりも、「幸せになりたい」という、人間として当たり前の欲望が、そして私の人生にたったの1回も無かったものが、今、薬のおかげで、きちんと心のなかに間違いなく存在しているのですから。
私は、きっと幸せになるでしょう。

私は、条件としては、もう十分幸せになったのです。

だけど。

だけど……。

これは同時に、果てしなく辛いことです。

これまで私の人生には「物語」がありました。それは、「理不尽」や「苦痛」や「絶望」で織り上げられていて、「痛みこそは美しい」などというくだらない思い上がりを精神の奥底まで浸透させなければ到底耐えられないような、とても辛い人生の物語でした。私は不幸になるために生まれ、これからもずっと不幸に生きるのだと、そう固く信じ込んでいました。だから、自分を幸福にしてしまいそうな出来事があると、気持ち悪くて吐き出しそうでたまらなくなっていました(参考)。

しかし、何の前触れもなく、全く唐突にして、私の人生に通っていた「不幸」という確かな一本の芯を、朝と夜にたかだか1回飲むだけの笑っちゃうくらい小さな錠剤が、根本から叩き折りました。

私の人生にはもう、本当の本当に、何一つ残されていない。

「お前は間違いなくこの世の誰より果てしなく不幸な人間だ、可哀想に」と自分を慰めることすら、私にはもう出来ない。
本当に、存在していて何の価値もない、ただの、何の変哲もない、普通の人になってしまったのです。
自分を特別な存在だと思い込むことが、もう、出来ない。そういう風に思い込む必要が、不幸が、無くなってしまったから。

だけどそんな事も気にならないくらい、どうでもいいくらい、薬で何にも感じないし、今本当に幸せなんです。きっと、これからもずっとそうです。

嗚呼、だけど神様、私の人生が、私の「不幸」という名の人生が、こんなにも何の前触れもなく呆気無く朽ちてしまうだなんて、嗚呼、神様、世界って、どうしようもなく理不尽で、死ぬほど残酷です。

少の日の思い出

今日は引き寄せられるようにゲームセンターに入った。自殺をするためだった。
私は疲れ果てるとピカピカしたものにひどく惹かれるようになる。上手く説明出来ないのだけど、破滅とか死とか、そういう感じがする。今日みたいに、自分を責め続けていて、自殺したくて仕方ないような日は、その破滅じみた光の渦に飲み込まれてこの世から消え去ってしまいたくなる。
普段なら気にも留めないようなゲームセンターが、今日に限ってはまるで誘蛾灯のように見えて、私はふらふらと足を踏み入れた。

30分後。

「違う……こんなんじゃないんだ……自分が求めていたのはこんな自殺じゃ……ああ……なにこれ……死ぬほどつまんない……」

私は1000円で買った500枚のコインを死んだ魚のような目をしながら投入し続けていた。

初めて入る店内を見て回りながら、私はあるタイプの機械を探していた。幼い日の思い出にある、凄く大きな機械で、2段の受け皿がウィーンって動いて、メダルをシュイーンって受け皿の上に落として、動く受け皿の位置の差を利用してメダルをズラして落とすやつ(伝われ)をやろうと思った。あれは凄く光っていて、自殺めいた香りがして今日の気分にピッタリだった。
でも、結局望みのものは無かった。
確かにそういうタイプの機械自体はあった。あったけど、度の低い眼鏡越しにも分かってしまうくらいチープで、何より小さかった。私が求めていたのはこんなチャチな機械じゃない。もっと大きくて豪華なやつだ。とても光っていて、私を光で圧殺してくれそうなやつだ。苦しまずに逝かせてくれる処刑台だ。でもそれはこのゲームセンターにはなかった。私はメダルを両手に抱えてがっかりした。
メダルを買ってしまったものは仕方がないので使って帰ろうと思ったけど、あまり楽しむ気分になれなかった。それなのに投入しても投入してもペイアウトの設定が甘いのか全然メダルが減らない。効率を無視してノンストップで入れ続けても30分かけて半分にしかならず、無くならないメダルの山はまるで呪いのようだった。擬似的な自殺をする気分で来たはずなのに自殺よりも辛いくらい気が滅入っていた。

楽しくもなんともないメダルを投入し続けるだけの作業に明け暮れながら、私はぼんやり考える。
そもそも、なんで望みの機械が無かったのだろうか。このゲームセンターはそれなりに大きいはずなのに。
時代が変わったせいなのだろうか?私が小さい頃は、凄く大きい機械が、どんなゲームセンターにだってあったはずなのに、うん、小さい頃?、あっ、

「あっ!!!」

とんでもないことを考え落としていたのに気付いた。
幼い日の記憶にある、円卓の、とてつもなく巨大で光り輝く機械。私が今日探していた機械。
そう、私の身長よりも高いところにメダルの投入口がある、あの機械。

「……、そっか……」

このゲームセンターにあった機械が小さかったのではなかった。
私が大きくなってしまったのだ……。

小さい頃に見ていた大きくて豪華な光り輝く機械と、今日がっかりしながらメダルを投入したチープな機械とは、絶対的な大きさはきっと変わらないのだと思う。だけど小さいころの機械は、私の身長がまだ小さかったことと、何より子供特有の世界が広く見える補正によって、大きく歪められていた。
私が求めていたような機械は、最早この世のどこに行っても見つからないことになる。
人間の身長を縮めることは出来ないし、人間の心を縮めるなんてもっと出来ないことだから。

もう子供には戻れない。

結局使い切れなかったメダルをフロントに返し(そんな客は滅多にいないのか戸惑われた)、私は重い足取りで帰り道を辿った。
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ルーミア厨

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