guoooooooo / 治らない厨二病について

数時間前まで体調良かったのに意味も無くうつだ死ぬ
楽しいって何?生きるって何?死んだほうが良いんじゃない?何も楽しくないのに?何のために頑張るの?死の?

世界が灰色に染まる瞬間というのは本当に一瞬なんだ

まずい
薬飲む間隔が長すぎた
飲んだ
効くまで自宅で脳死待機

自分はギリギリのバランスの上に薄氷の如く立っている人間なのだと再感する

とにかく時間を潰すために今考えていることを書く

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厨二病と死の関係について鋭く気付いたので記しておこうと思う
本当はもっと文章として完成させたいのだけどうつなので思考を並べることしか出来ない

『告白』や『missing』、次に『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん(再読中)』を読んで思ったこと

いずれも主人公が死についての倫理観が欠落しているのだが、
そのような人物は必ず同時に切れ者として描かれている。何故?

ここに、あまりにも関係が無さそうな偶然で奇妙な共通点がある
それは全ての登場人物が「壮絶な幼少期を過ごしていること」

『告白』ならば母親からの虐待と離婚による離別、
『missing』ならば神隠しと弟の死、
『みーまー』ならば誘拐及び虐待。

そのような幼少期を過ごした人物は、死についての倫理観が致命的に欠落する
そして、死に対して倫理観を抱いている者を、動物的な何かだとしか思えなくなる
一方自分は死に対して無機質であり、それは自分が特別な人間だからだと強烈に思い込むようになる

それはまた、周りの人間に対する防衛反応でもある
例えば学校でいじめられた人間は、いじめる相手を心の中で馬鹿として見下すことでしか復讐を果たせない

だから過酷な幼少期を過ごした人間は
死について倫理観が欠落し
同時に周囲の動物みたいな人間とは違う切れ者としての自分を先鋭化させるようになる

厨二病の完成である

そしてこのような人間は死に対して無機質であると同時に
死に対してあこがれているという奇妙な倒錯を抱えている

というのも
自分は死を特別なことだともなんとも思っていないのだが
周りの人間は(愚かにも)死を特別なことだと思っているので
死に対する無機質さをひけらかすことで自分が特別な人間である事をアピールしようとする

私はこの自分の度し難さを愛している
そして湊かなえは間違いなく私と同じタイプの人間であると思う
だから私はこの人の書く小説がたまらなく好きだ

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